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繋いだ手
「そろそろ戻ろうか?」
「そうだな」
しばらくマッサージをしてもらっていたけど、頃合いを見て「だいぶ楽になった。ありがとう」と伝えると、手を止めて直之のすぐ隣に腰を下ろして並んで座っていた。
それでもここにあまり長居するわけにも行かなくて、渉が切り出した後すぐに立ち上がるとみんなのいる場所へと戻る。
まだお開きにはなっていないようだけれど、だいぶ落ち着いた感じになっていた。
「戻りました」
「おう。悪いけど、片付け始めてくれる? 俺らもすぐ行くから」
「はい」
戻ってすぐに片付けの指示が飛んできて、テーブルにある使い終わったものをかき集めて洗い場へと運んでいく。
その作業を何度か繰り返し、ようやく洗い物をする段階へと落ち着いた。
「結局、一年は雑用ってことだよな」
「まあね。仕方ないよ」
「だな」
洗い場にいるのは、見渡す限り二人と同じ一年の奴らばかりだ。
何だかんだでみんなグチグチ言いながらも、楽しそうにやっている。
二人で並びながら洗い物をしていると、トントンと肩を叩かれた。
「誰……?」
「坂井くんと、田丸くんだよね?」
「そうだけど……」
「やばっ……噂以上じゃない?」
おそらく同じ学部ではないけれど同じ学年であろう女子二人組が、顔を見合せて頷きながら、視線をこちらへ戻してきた。
「えっと……?」
「あっ、ごめんなさい。私たち文学部一年の馬渕絵里加と山瀬莉乃です」
「どうも。でっ、何か用?」
「えっと、文学部で二人が格好良いって専らの噂で……なかなか会う機会がないけど、このキャンプに参加するって聞いてて、見つけたから声掛けに来たんです」
「へえ……そうなんだ」
「洗い物、手伝いますよ」
「いやっ、いいよ。汚れちゃうだろうし」
「そんなの全然大丈夫なんで」
結構積極的に二人の間へ体を滑り込ませて来た馬渕さんが、直之の持っているスポンジを取ろうと手を伸ばしてきて指先が触れた。
思わず腕を引っ込めてしまう。
「本当に、いいって。俺ら、部長たちにここ片すように言われてるから、他の子に手伝わせたら怒られるし。なあ、渉……」
「あっ、うん……」
視線を渉へ移すと、完全に山瀬さんに手を握られたまま動けなくなっている姿を見つけた。
――はっ……、何握られてんの?――
一気に体へと熱が放たれて、気がつけば馬渕さんの横をすり抜けて渉の腕を掴むと自分へと引き寄せていた。
「えっ……、なお……ゆき……」
「あっ……、悪い……俺……」
驚いたような困ったような表情を向けられて、はっと我に返り今のこの状況を整理して掴んでいた腕を離すと、直之は元の場所に戻って洗い物を再開する。
この胸の奥にある苛立ちは何だろう?
どうしてこんなにも動揺しているんだろう?
別におかしいことじゃない――男の渉が女の山瀬さんと手を握っているのは、普通に有り得ないことではない――それなのに……有り得ないと思っている自分がいた。
***************
「直之……?」
「ん?」
「どうしたの?」
「別に……」
片付けも終わり、ようやく一息つけてテント前にあるベンチに並んで座っていると、小さく渉に名前を呼ばれた。
さっきのこともあり、何となく気まずさもあるせいか、いつもみたいに居心地の良い雰囲気を出せない自分には気づいている。
それを渉は感じ取っているんだろう。
「見てよ。すごく星が綺麗だよ」
空に向かって指をさした渉の指先につられるように顔を上げると、大空に星が輝いていた。
「すげぇ……」
「来て良かったね」
「そうだな……」
「うん……」
二人で空を見上げて、自然と頷いていた。
そして、さっき山瀬さんに握られていた手の感触を塗り替えるように、直之はそっと渉の手を握りしめた。
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