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じっと見つめれば

 無事にサークルのイベントも終わり、また何気ない日常を送っていた。  特に二人の関係が変わったわけでもなく、本音を打ち明けたわけでもない。  モヤモヤしていた気持ちも、握った手を振り払うことのなかった渉の手の温もりで完全ではないけれど落ち着いた。 「坂井くん、田丸くん」  食堂で昼食を食べ終わって寛いでいると、聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。  顔を上げると、キャンプの日に話した馬渕さんと山瀬さんが手を振って近づいてくる。  直之は思わず身構えてしまう。 「久しぶり」  向き合って座っている四人掛けのテーブルに、あたかも当たり前のように二人が腰掛けたかと思えば、友達みたいに声を掛けてきた。  そんなフランクに話すほど仲良くなった覚えもないのに、あの日少しだけ話したというだけで随分と距離が近い気がする。 「何の用?」 「実は、食事会があるんだけど、二人に参加して欲しいなって思ってて。どうかな?」 「食事会って、サークルの?」 「ううん。文学部の仲間なんだけど、二人のこと話したら一緒に食べたいっていう子がいっぱいいて、もし迷惑じゃなかったら……」  いや、どう考えても迷惑としか言いようがない。明らかに面倒くさいやつだ。  強く言えないとわかっているから、山瀬さんがまたぐいぐいと渉を押しにかかっている。 「おいっ」 「坂井くん」  直之が渉と山瀬さんの間に割って入ろうとするのを、腕を掴んで馬渕さんに阻止された。 「何だよ」 「ただの食事会だから……参加してよ。でないとこれ、SNSで流しちゃうかも……」  そう言って、馬渕さんは自分の携帯を俺の前に差し出してきた。  そこには、あのイベントサークルの日に二人で星を見ながら手を握っている写真が写っている。 「交換条件! このデータ削除するかわりに、食事会に参加して」 「はっ?」 「ねっ、お願い」 「脅しかよ」 「違うってば。悪いようにはしないから。ねっ?」  真っ直ぐに目を見て伝えられて、何となく真剣なんだと思えたこともあり、「写真、今ここで削除するなら、約束する」と告げると、すぐに目の前で、馬渕さんは写真を削除した。  ちゃんと話を聞けば、直之と渉が付き合っているんじゃないかという噂が飛び交っていて、それを確かめるためによからぬことを企んでいる女子たちがいるらしく、それを阻止するためにここにいる二人が食事会をすることを提案したらしい。 「私たちはそっと見守ってたいっていうだけで、本当にお互いが好きあってるならそれでいいっていうか……それを面白おかしくするのは違うって思うからすごく嫌で……。だけど、こんなこと田丸くんが知ったら戸惑っちゃうんじゃないかって思って……」 「俺は戸惑うとか思わねえのかよ」 「だって、坂井くんは田丸くんの為ならどんな事があっても守りそうだし。絶対に、自分以外と仲良くされるの嫌っぽい」 「なっ……」  知り合ったばかりの女子に、そんなことを言われて無自覚な感情に頬が熱くなる。  俺は……渉が好きなのか……?  特別だという自覚はあるけれど、これが愛しいというのかはわからない。  でも、馬渕さんが言うように、俺以外の誰かと一緒にいたり、他の誰かに笑いかけている姿を見るのは苛つく。  たった一人だけ、渉がふと思い出して愛おしそうな顔をする人がいる。その人は、隣に住んでいた五つ上の幼馴染のお兄さんらしい。 「渉、食事会参加でいい?」 「僕は、直之がいいなら大丈夫だけど……」 「ということで、日時と時間決まったら連絡して」 「OK」  お互いにスマホを差し出して連絡先を交換すると、馬渕さんと山瀬さんは戻って行った。  握っていたスマホをパンツのポケットに直すと、直之も食べ終わった食器を片付けて立ち上がる。 「もう、行く?」 「ああ……」  歩き出した直之の後ろに続くように渉も立ち上がると、二人は食堂を出て講義に向かった。

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