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じっと見つめれば

 馬渕さんから連絡を受け、食事会の日時と場所を指定され、二人はその場所へと向かっていた。 「渉、気をつけろよ」 「何が?」 「お前……自分が思ってるより女に狙われてんだよ」 「そんなこと……」 「とにかく、気をつけろ」 「わかった……」  無自覚の可愛さは本当にタチが悪い。  どんな形であれ、今から立ち入る場所は、間違いなく数多くの試練がやってくるはずだ。  どれだけ目を光らせていても、全てを阻止できるわけもないわけで、母親みたいに厳重注意を促してしまう。 「じゃあ、行こうか?」 「うん」  心の準備はいいか? と自分に確認するように渉に問いかけると、小さく頷きながら返事をしてきたから、二人はそのまま足を進めて店の中へと入って行った。 「坂井くん、田丸くん。こっち、こっち」  店の中を歩いて行くと、二人の姿を見つけた馬渕さんが立ち上がって手を振っているのが見えて、そちらに向かう。  見れば七人ほどの女子が一斉にこちらへと視線を向けて一瞬で笑顔へと変わっていくのが目に留まる。 「うわぁー、本物だ」 「やっぱ格好良いじゃん」 「すごーい」  大きなテーブルを囲むように座っていた女子たちが、目の前にやってきた二人を見上げながら口々に言葉を発する。おそらくもうすでに彼女たちの頭の中には、二人が付き合っているとかそういう噂のことはどこかへ吹っ飛んでしまっているはずだ。 「絵里加すごいわー」 「だから、サークルで仲良くなったって言ったじゃん」 「まさか、本当に二人とこうして食事できるなんて思ってなかったし」 「ほらっ、とりあえず二人とも座って」  馬渕さんの言葉に、明らかに向かい合わせにしか空いていない席へと視線を向けながら、お互いに別々の方へと歩き出して腰を下ろす。馬渕さんと山瀬さんも、それぞれが反対側に座ることで、彼女たちの様子に目を向けているのがわかる。 「何飲みますか?」 「俺はジンジャエールで、渉は?」 「あっ、僕も一緒で」 「はーい。すみませーん。ジンジャエール二つお願いします」 「かしこまりました」  直之の隣に座っていた女子が、率先して二人の飲み物を注文している。出来た女子アピールだろうか? そんなことしたって別に株が上がるわけでもないのに――なんて考えていると、向かいに座っている渉に対して、山瀬さんではない真新しい女子が、いかにも渉狙いを醸し出すように腕が当たるほどの距離まで身を寄せているのに気づいた。  何なの、あの女――距離が近いんだってば――  俺がキレるところじゃないことはわかっているのに、目の前の光景にイライラしているのは事実なわけで――…… 「お待たせしました」  店員が暴言を吐く手前だったところにタイミング良くドリンクを持って来たことで、直之は言葉をぐっと呑み込んだ。  そして、「かんぱーい」とソフトドリンクで乾杯すると、今日のメインである食事会が始まった。 「えっと、じゃあ紹介するね。文学部で仲良くしている早苗、果歩、奈那、|朱《じゅ》|里《り》、|瑚《こ》|夏《なつ》で、こちらが同じサークル仲間の坂井くんと田丸くんです。今日は、みんなで楽しく食事をしましょう」 「はーい」  女子たちは楽しそうに手を挙げて返事をしているけれど、男二人は特に何も変わることなく飲み物を口に含むと、コースであろう並べられた料理を箸を割って食べ始めていた。 「坂井くんはキャンプ好きなの?」 「別に……サークルの勧誘で捕まってそのままって感じ……」 「へえ、そうなんだ。好きなんだったらみんなでキャンプっていうのも楽しそうだなって思ってたんだけど」 「ってか、君たちってキャンプしたことあるの?」 「なーい」  こういう会話が面倒くさい。初めて言葉を交わすのに、すぐ次の予定を立てようとする。仲良くなった訳でもないのに、キャンプって――……男と遊びたいだけなら、他でやってくれればいいのにとさえ思ってしまう。 「俺だって、今回のサークルイベントで初めて行っただけだし、何もわかんないけど……」 「だったら、日帰りで現地で用意してもらってできるBBQ施設に行くとかは?」  引かないねぇ――……目の前の渉も隣の女子たちにがっちりガードされていて愛想笑いを浮かべている。  嫌なら嫌な顔ひとつでもすればいいのに、それが出来ないこともわかるから――そして、いつの間にか料理も食べれない状況になってるし――……直之は席を立ち上がると、新しい小皿を手に取って渉の好きそうな食べ物を乗せていく。 「ほらっ、ちゃんと食べろ。あんたらもまずは腹ごしらえしたら? せっかくの料理が冷める」 「そうだね。まずは食べよう」  渉の前に新しく取り繕ったお皿をゆっくりと置いて伝えると、それに続いて馬渕さんがみんなへ声をかけた。一方の渉は、助けてくれと言わんばかりの視線を向けてくるけれど、こうなることはわかっていたはずだ。  だから忠告した――気をつけろって――……まあ、そんな上手く交わせるとも思っていないから、こうして助け舟を出しているわけだけど―― 「田丸くんは、彼女とかいないの?」 「僕は……」  再びちらりと視線をこちらへ向けてくる渉を、直之はただじっと見つめていた。  なあ渉、そんな不安そうな顔で俺を見つめて、どうして欲しいっていうの――? 「いない……けど、気になっている人はいる」 「えーっ、誰!? 誰!?」  食べ始めていた手がまた止まり、一瞬でそこにいた全員が渉の発言に身を乗り出して興味の色を注ぐ。  もちろん、直之自身も内心は焦っていた――まさかこんなところでぶっ込んでくる内容ではないと思うし、渉に気になっている奴がいるなんて初耳だったからだ――。  俺はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない――そんな思いが頭を過る。 「うわぁ、すっごく気になるんだけどっ」 「そう? でも、まだ誰にも言ってないことだし、教えられないや」 「えーっ、お預け食らった気分なんだけど」  いやいや――俺もだし――……言った本人は、さっきまでの助けてオーラはなくなって、すっきりしたように直之の置いたお皿を手に取って食事を食べ出している。  おかげで立場は逆転し、今度は直之が渉の気になる奴が気になって食事が喉を通らなくなってしまった。 ――ダメージくらいすぎだろ、俺――  自分でもびっくりするくらい、頭の中はぐちゃぐちゃで胸の奥がモヤモヤしていた。  結局、最後まで適当に相槌を打つのが精一杯のまま、食事会はお開きとなった。

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