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ほっぺにキス

「坂井くん」  一人で食堂に向かって歩いていると、後ろから呼び止められた。  ついさっきの出来事もあり、立ち止まりながらも振り返ることが出来ずにいる。 「ちょっと話せない?」 「何で?」 「ちゃんと話しといた方がいいって思うから……」  いつもの陽気な感じではなく、落ち着いたトーンで伝えられた言葉に、直之はようやく体を回転させて馬渕さんへと向き合う。 「わかった」 「良かった。じゃあ、中庭のベンチでいい?」 「ああ……」  こうして直之と馬渕さんは、中庭にあるベンチへと歩き出す。  目的地に着くと、お互いに少し距離を取ってベンチへ腰をかける。  しばらくすると、馬渕さんが話し始めた。 「朝の話なんだけど……」 「うん」 「文学部で、格好いい二人組がいるって噂になってて、偶然にも同じサークルでイベント開催に二人が来るって聞いたから、初めは参加して仲良くなれたらなっていう目的で近づいた」 「うん」 「でもね、声をかけて莉乃が田丸くんの手を握った時の坂井くんを見て、これはダメなやつだって感じた」 「どういうこと?」  一呼吸行くようにふーっと息を吐くと、再び馬渕さんが話し始める。 「真剣だったから……坂井くんが田丸くんの腕をつかんだとき、すごく真剣な目をしてたから。だから、面白半分で近づいちゃいけないって思ったの。あの写真は、ただ二人がすごく幸せそうに空を見上げてて、すごくキレイだなって思ったんだ。隠し撮りは良くなかったけど、それでも残したいと思うくらいキレイだったんだ」 「真剣って……」 「わかるよ。見てればわかる。お互いにすごく大切に思ってるってこと。だから守りたいって思った。食事会をしたメンバーが、面白おかしくしようとしてるのが嫌で、あんなこと……」  理由はどうであれ、盗撮は許されることじゃない。ただ、彼女の言っていることが嘘ではないんだろうという感じはする。恥ずかしくも、直之の渉への感情を一瞬で感じ取れるほど、自分から気持ちが駄々もれしていることの方が気まずいと思ってしまう。 「もう、わかったから……。すぐにデータ消してくれたわけだし、俺もさっきのはその……」 「妬きもちだよね?」 「はっ?」 「私たちが、田丸くんに近づきすぎたから……でしょ?」 「まあ……そ、そんなとこ……だ」 「うん、わかってる。それに、私もあの時は人として最低なことしたと思うから……、本当にごめんなさい」  頭を深く下げる馬渕さんに、直之はすかさずその腕を掴んでいた。 「もういいから……」 「うん」  ようやく顔を上げて視線がかち合うと、お互いに気まずそうに笑ってみせる。 「もう、これでチャラってことでいいよな」 「うん、そうだね。ありがとう」  こうして、ちゃんと面と向かって話せて良かった。無自覚ながらも、渉のことで馬渕さんたちにまで嫉妬してしまうくらいなのだから。

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