9 / 58

弟の変化

  ウェブから気になった創作料理の居酒屋に エントリーシートのようなものを提出する。 それだけで少し緊張した。 そろそろ次の講義の時間になり、 俺は講義室に移動する。 冴木はどうやら、さっそく麻雀同好会で 新しい友人を見つけたみたいで 俺に絡んでこなくなった。 寂しいけど、新しい友人を作るのも醍醐味だ。 俺も早く新しい友達作りたいな。 そんなふうに同郷の友達を遠目に見ながら、俺は端っこの席に座る。 それから、最後の講義を受け、 家に帰る途中に知らない番号から電話がきた。 恐る恐る出てみると、応募した居酒屋からだった。 とにかく、3月にどっと人が辞めて猫の手も借りたいほどだったので、すぐにでも面接をして問題がなければ採用したいとのこと。 面接という言葉に緊張はしたが、 そうそう落とされる雰囲気ではなくて かなり拍子抜けしてしまった。 まだ決まったわけではないのに、少し先が見えた気がして俺の気持ちは上向きになった。 この調子でバイト先もサークルも新しい友達も、 サクサク決まっていけばいいな。 俺は軽い足取りで晩飯の買い物をする。 今日はなににしよう。 こんなことを毎日している母親は偉大だったんだな、と改めて思った。 家に帰るとドアに鍵がかかっており、志貴がまだ帰っていないことが分かった。 ちょっと気まずかったし、まぁいいかと支度を始める。 学生向けの安アパートってどうしてこうもキッチンが狭いのか… 実家で母親の手伝いをしていた頃よりも、狭さのせいで上手くいかなくてイライラすることが多い。 就職したら、もう少しいい家賃のところの広いキッチンの部屋に引っ越そう。 その頃には、志貴はまともになってるといいな。 もう料理も終盤、といったところで キッチンのすぐ横の玄関が開き、 志貴が帰宅した。 「ただいま。今日はなに?」 「お、おかえり。オムライスだよ」 「ん」 よく分からない言葉で志貴が頷き、通り過ぎ様に、俺を背後から抱きしめた。 「は?ちょっ、邪魔!」 俺は慌てて腕から逃れようとする。 と、回された腕に力がこもる。 こいつ、力強いんだよな。 「エプロンつけてる優聖可愛い」 「はぁ!?」   エプロンは、昨日のカレーを若干お気に入りのパーカーにこぼしてしまい、もう2度と犠牲を出さないために、慌てて服屋のチェーン店で買った有り合わせのものだ。 デザインだってネイビーのシンプルなものだ。 可愛いからは程遠い。 「優聖が将来のお嫁さんならいいのに」 「ちょっ、やめろってば」 こいつの嫁だなんてとんでもない。 っていうか、両親が泣くよ。 志貴の手をつねって「早く手洗いうがいしてこい」と洗面所に誘導する。 志貴は渋々と俺を解放すると、洗面所へ向かった。 思わず、深いため息をつく。 知らないうちに息を止めていたらしい。 こんなのが毎日って考えると… さっさとバイトでもサークルでも 始めてしまいたい。  

ともだちにシェアしよう!