10 / 58
粘着
それから、目が合うなり「可愛い」と言われたり、やけに距離が近かったり、
とにかく気持ちが休まらない。
俺にとって志貴は可愛い弟だ。
こんなことされても困る上に
おそらく刷り込みだと思うから
一刻も早く正気に戻って欲しい。
同じ布団で眠ろうとする志貴を振り払って
俺は自分のベットに入る。
自室に鍵をつけておいてよかった。
鍵さえかけて仕舞えば奴は入ってこれない。
翌日は大学が終わった後に
面接に行く予定だ。
講義の後、行ってみるとその居酒屋は
チェーン店ではないけれど
子綺麗な感じで女性のバイトが多かった。
「いやぁ、男の子が来てくれて助かるよ。
ビールの樽とか、ジョッキとか結構重いからさ、男手が欲しかったんだよ」
と、そんなに大した面接を受けるでもなく
採用が決まってしまった。
拍子抜けしたけど、一つ、気がかりなことが解消されたので少し気が楽になった。
たくさん入りたいとお願いしたが、
扶養もあるし、とりあえずは週3でということになった。
あとはサークルもあるし、とりあえず、週に5日は予定があることになる。
他の日は早く友達を作って予定を入れるとしよう。
それから、シフトの話や持ち場の話なんかをしていたが、開店時間になったので
邪魔をしないように帰ることにした。
昨日よりもずっと帰るのが遅くなってしまったな…
時間を確認しようと携帯を見て、俺は固まってしまった。
志貴からすごい量の不在着信とメッセージが届いていた。
「今どこ?」とか「電話出ろ」なんていう強気なメッセージから始まり、
後半は「お願い、返事して」とか「俺のこと、嫌いになった?」とか、俺に懇願するようなメッセージになっていた。
放っておくべきか?
いやでも、家には帰らなきゃいけないし、返事はした方がいいよな。
俺は深いため息を一つついて、
志貴に電話をかけた。
ワンコール鳴り切る前に志貴が出た。
「優聖!?」
「あ、悪い。電話出れなくて」
「無事なの?何にも巻き込まれてない?」
「何にも巻き込まれてねぇよ。落ち着け」
「電話に出ない優聖が悪いだろ。
今まで何してた?どこにいる?
ちゃんと今日、帰るよな?」
「そんなに一気に聞くなよ。
今から帰るから、帰ってからでいいだろ?
テキトーに食材買って帰るわ」
「…、わかった。なるべく早くね」
「はいはい」
俺は煩わしくなり、電話を切る。
あー、なんか帰りたくねぇ…
重い足を引きずりながら、俺はスーパーに向かった。
ともだちにシェアしよう!