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電話

俺が肩で息をつきながら絶望していると、 「はは…、直で触ってないのにいっちゃったんだ」 と、志貴が侮蔑を含んだような目で俺を見下ろす。 悔しいけど、返す言葉がない。 本当に俺は…、どうしようもない。 今度は志貴が、ごそごそと俺のズボンを下ろそうとした。 さすがにこれ以上は嫌だ。 っていうか、ズボンを下ろしていったい何をする気なんだ? 俺は再度、ジタバタと暴れた。 ガチャガチャと手錠が不快な音を立てて揺れる。 手首に食い込んで少し痛い。 「優聖、暴れないで。手、ケガする」 「お前がこんなものっ」 こんなもの使うからだろ、と怒鳴ろうとしたところで玄関の方からけたたましい着信音が流れてきた。 俺の携帯電話だ。 この時間に、しかもラインではなく電話機能で電話をかけてくるのは母さんか豊さん(父)だ。 志貴もそう思ったのか、玄関のほうをジッと見ている。 着信音が切れた後、今度は志貴の携帯が鳴った。 志貴はため息を吐くと、自室で鳴る携帯をとりに行った。 その隙にこの手錠が外れないかと目一杯引いたりしてみたが、ビクともしなかった。 ドン○とかに売ってるおもちゃのような手錠とはまるで違う。 こっちが節約のために自炊やら工夫をしているというのに、こんなものに金かけやがって、と少し腹が立った。 志貴が電話で何か話しながら戻ってきた。 片手で器用に俺の手錠のカギを開け、外した。 やっぱり手首は赤くなって擦り剝けている。 文句を言おうとしたが、志貴が携帯を俺に渡した。 「恵さん(母)、優聖に用があるって」 「え、あ、ああ」 言われるがままに携帯を受け取り、耳に当てた。 「もしもし」と言い切る前に母親の大きい声にかき消された。 『ちょっと優聖!?電話に出ないなんてどうしたの!?』 「あ、ごめん。マナーモードにしたままで気づかなかった」 『本当に心配したのよ?今時、男の子だからって安心できないんだから』 昨日の俺なら「大げさだ」と笑い飛ばしていたけど、俺は電話を持っていない方の赤く爛れた手首を見て苦笑した。 『志貴くんとは上手くやってる?』 「えっ?あ、うん」 本当は「襲われた!助けて!」と訴えるつもりだったのに、いざそのことを言おうとすると喉が詰まる。 『そっか、良かった。私、働いてたから優聖に寂しい思いさせちゃったと思うけど、志貴くんのほうがずっと寂しい思いをしてきたと思うの』 「うん」と俺は相槌を打つ。 志貴の父の豊さんは大手企業の営業マンで、金銭的な不自由をさせないためにシッターさんを雇って働きづめだったらしい。 俺よりずっと、親と過ごした記憶は少ないだろう。 『本当は私がその穴を埋めてあげたかったんだけど、どういうわけか優聖に懐いたもんね』 「そうだね」 『だから、志貴くんのこと、よろしくね』 「…、分かったよ」 『それじゃあね。あ、次、実家に戻った時に一緒にご飯作りましょう。レシピ、伝授するわ』 「うん、わかった。その時はちゃんと連絡するから」 「じゃあね」と言い合って電話を切った。 あんなことされたのに、志貴の過去の話を持ち出されると、簡単に切り捨てることが出来ない。 兄弟というのは呪縛なのだろうか。

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