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再び
あらぬ誤解をされたとへこみつつ、自宅に帰ると部屋は真っ暗で、志貴は寝たのだと思った。
あんなに鬼電してきたくせに。
文句の一つでも言ってやろうと思っていたから拍子抜けする。
手探りで廊下の電気をつけると、数歩先に志貴が立っていた。
「ひっ!?」
と、声を漏らしてしまい、情けなくて
「電気くらいつけろよ!」と悪態をついた。
が、依然として志貴は動かず、虚ろな目で俺を睨んでいる。
「邪魔」と、志貴を押しのけて廊下を進もうとしたら
「何の匂い」と低い声で咎められた。
「匂い?…、ああ、先輩から汗拭きシート借りた」
飯屋に行くと思ってなかった俺は、汗を始末するものを持ってなくて
「自分、汗臭いと思うんで帰ります」と言ったら
女の先輩が「これあげるから、時間あるなら行こうよ」と
制汗シートを数枚くれたのだった。
まさか、今も匂いが残っているとは思わなかったけど。
「バスケサークルとかいって、女もいるのかよ」
「そりゃいるだろ。部活じゃないんだし」
「聞いてない」
「俺も今日知ったし。っていうか、知ってたとしても何でお前にわざわざ言わなきゃいけないんだよ」
「俺以外を好きにならないで」
強めに手首を握られて「いっ」と声が漏れた。
「地球がひっくり返ってもお前を好きになることはない。離せよ。明日も授業があるし、夜はバイトがあるんだからっ」
どこまで口に出して言えたか分からない。
とんでもない力で俺は引きずられるようにして連れられ、いつかのようにソファに押し倒された。
「志貴!やめろ!次は絶対に許さないからな!」
そう言うと、志貴は一瞬怯んだ顔をしたが、思い直したように俺を睨み、手首を拘束した。
前回と違い、ふわふわとした感触がして、俺は自分の手首に目をやる。
輪っかの部分がファーで覆われた手錠だった。
「優聖が怪我をしないように買い直した」
志貴が俺に微笑みかける。
女の子ならときめいてしまうような顔だ。
だが、俺はこいつの兄だし、優しさを履き違えている。
「そんなことで俺がお前を少しでも好きになると思ったか?」
と俺が睨むと志貴は「体で分からせるからいい」と悲しそうな顔をして俺の唇にキスを落とした。
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