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夢じゃなかった

朝、起きると志貴が俺の頭を撫でているところだった。 「おはよう。どこか痛いところはない?」 「…はよ」 いつも通り、挨拶を返したところで、昨日の出来事を思い出す。 慌てて手を確認すると、しっかりとふわふわのそれがついていた。 夢じゃなかった。 「朝ごはん、食べられる?」 「腹減ってない」 こんな状況で、のうのうと飯が食えるわけがない。 俺はわざとらしく手錠をガチャガチャと鳴らした。 「でも、昨日はすごく体力を使ったと思うし、食べた方がいい」 「どの口が言ってんだか」 「はい、あーん」 志貴は用意していたと思われる料理をスプーンを使って俺の口元に運んだ。 「いらない。自分で食べられる」 「優聖…」 懇願するように呼ばれ、スプーンが唇に当てられた。 俺は仕方なく口を開く。 スープのようなそれは飲み込めないほどではないが、美味しいと言えるものでもなかった。 やっぱり、料理は絶望的だなと俺は具材を噛み締めた。 「美味しい?」 「…、美味しくはない」 かつての俺なら「美味しいよ。腕を上げたな」と嘘でも褒めてあげたが、志貴に友好的に接する気はなかった。 「そっか…、ごめん」 「って言うか1限! もう家出ないと間に合わないんだけど!」 「優聖、今日は土曜だよ」 「え?あ、そうか…」 時計を見て大きな声を出してしまったことを恥ずかしく思いながらも、コイツと過ごさなきゃいけないと思うと気が重い。 「少なくとも2日間は一緒に過ごせるね」 「…、でも、バイトが…」 今日は初出勤の予定だった。 流石に今日サボったら、採用も取り消しだろう。 「俺との時間よりバイトなんだ」 当たり前だろ、と言おうとしたけれど 今、志貴の機嫌を損ねるのは得策ではない。 「そりゃ、せっかく採用もらったし。 仕送りとかあるけど、極力、実家に負担かけたくないから」 「…、ふーん」 志貴は俺の短い髪に指を絡ませながら、いじけた表情をする。 「ま、いいや。夕方までは独占できるし」 不安な顔をして志貴を見上げていると、目が合った奴はにっこりと微笑んだ。 今はその表情すら怖い。

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