53 / 58
夢は覚める
それからまた数日が立った。
大学へ行く前に優聖にご飯を食べさせる。
お昼も食べてほしくて部屋においていくが、帰ってきて食べられていたことはない。
俺が口元へ運んでやらないと食べないのだ。
俺がいなくなったら優聖は死ぬだろう。
それが嬉しい一方で、ここまで兄を追い詰めてしまったのかと、ふと心が苦しくなる瞬間がある。
お昼を食べない分、しっかり朝食を食べさせないといけない。
もう少しで食べ終えると言ったところで、インターフォンが鳴った。
時刻はまだ午前8時を少し過ぎたころだ。
宅配便にしては早い…
が、今日届く予定の荷物があることは事実だ。
俺はなるべく家を空けないために、日用品や食品は全てネットで購入していた。
「少し待ってて」
優聖に声をかけて玄関の扉を開けると、そこには運送業者ではなく、見覚えのある男と見知らぬ女が立っていた。
「…、なんですか?」
思わず険のある声が出た。
「君は…、弟君だよね?あの…、優聖くん、いるかな?」
部屋の奥をちらちらと気にしながらそいつ…(確か高山という名前だった)が言った。
「あなたに関係ないですよね。帰ってください」
「関係あるでしょ。優聖くん、サークル全然来なくて心配してるんだよ」
「私はバイトが一緒で…、1回しか出勤してなくて困ってるんです」
見知らぬ女も加勢してきた。
こいつは優聖のバイト先の女か…
やっぱり、行かせるべきじゃなかった。
「出せないって言うなら、お邪魔させてもらうよ。
優聖くん自身が俺たちに会いたくないって言ってるなら諦めるけど、君が邪魔をしているなら諦めるわけにはいかない」
「ちょっと!」
俺が制止するのを無視して、二人は部屋に上がり込んだ。
優聖がいる部屋を開ける。
鎖につながれ、「待ってて」と言った状態のまま静止している優聖がいた。
勢いよくドアを開かれたのにこちらをチラリとも見なかった。
「ひどい…」
女が絶句して入り口で立ち止まっている。
高山もその光景に一瞬怯んだようだったが、果敢にも部屋に足を踏み入れた。
「優聖くん、もう大丈夫だ。一緒にここを出よう?」
自分の名前に反応したのか、ぼんやりと優聖が高山へ視線を向けた。
「手錠…?まったく、趣味の悪い…。弟くん、鍵」
高山が俺に向かって手を差し出す。
「机の引き出し」
と単語だけで返すと、高山はため息を吐いて引き出しの中を漁り、鍵を見つけ出した。
手錠はいとも簡単に優聖の腕から剥がれ落ちた。
呆然とする彼を高山は抱き上げた。
器用に車のカギを差し出しながら「咲ちゃん、車のカギ開けて」と高山が言うと、
呆然と立ち尽くしていた女が弾かれたように動き出し、鍵を受け取った。
女を先頭に高山と優聖が部屋を出ていく。
俺はその光景を見ていることしかできなかった。
辞めろと言って、高山に掴みかかることだってできたはずだ。
だが、こんなに大事になっているのに呆然としてなるようになっている優聖を見ていると、彼にとっての幸せは…、と考えずにはいられない。
玄関を出る瞬間に、優聖の目に光が戻った気がした。
「しきっ」
確かに彼はそう言って、俺に手を伸ばした。
こんな状態になっても、俺を弟として大切に思ってくれている優聖…
連れていかれる彼を追いかけることなんて出来なかった。
ともだちにシェアしよう!