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 朝ごはんの仕込みを終えると二階に上がった。  ベッドの上で安心しきった顔で師匠は眠っている。ゆったりしたシャツを着ているが、胸元がはだけてしまって、それだけのことでエスターはドキドキしてしまう。  さらさらの銀の髪がシーツの上に広がって、エスターの好きな深緑の瞳は閉じられて、まつ毛が影を落としている。  ほんとにきれいだな。前からそう思っていたけれど、最近のシャールは目のやり場に困ってしまうくらいだ。  寝ぼけたシャールに抱き着かれて、思わず組み敷く妄想をしてしまったことも一度や二度ではない。 「朝だよ、シャール」 「……うん」  そう返事をしたけれど、目を開けることなくとろとろと眠りに戻って行く。 「朝ごはんだよ」 「うー……」  白い薄掛けにくるまっていた銀の髪がさらりと動いた。寝返りして腕を伸ばしてきて、エスターを抱きしめる。 「パンはイチジク入り?」  耳元で囁く声にエスターの心臓は飛び出しそうになる。 「そうだよ」 「ん、エスターはいいこ」  そのままチュッと頬にキスをされた。まったくの子供扱いに腹立たしくなる。 「もう子供じゃないよ」  ここで本気でキスしてみようか。一瞬の誘惑をどうにか押し殺す。そんなことをした日には、家を追い出されるだろう。  こう見えて、師匠の魔術の腕は確かなのだ。 「それから、黒蛙が珠を出したよ」 「え!」  ガバッと身を起こしたシャールは深緑の目をぱちぱちさせた。 「どこにある?」 「乾燥しないようにちゃんとガラス瓶に入れて、封をしたよ」  あの珠は黒蛙の口から出ると数秒以内に爆発して毒をまき散らすのだ。前回はガラス瓶が手元になくて、えらい目に遭ってしまった。 「エスターはできる子だなー」  起き上がったシャールは手を伸ばしてエスターの金の髪をくしゃくしゃと撫でた。まるで子供によしよしするように。 「そうでしょう。で、そろそろパンが焼けるよ」 「んー、着替えたら行く」  シャールはベッドを下りて、寝間着代わりの大きなシャツをぱさっと床に落としてしまう。  無防備すぎる、とエスターはそっとため息をつく。人の気も知らないで。  ちらりと盗み見た背中は白く滑らかで、触れてみたいと思う。キスをして跡をつけたいとも。 「髪、くしゃくしゃだよ」  体に合ったシャツを羽織ったシャールを椅子にかけさせて、ブラシで銀の髪を梳かしていく。 「べつにいいのに」 「だめ。きれいにしといて。俺の目の保養なんだから」 「はいはい。じゃあ存分にご覧あれ」  戯言だと思っているシャールは、からかうようにじっと目を見つめてくる。髪や肩に触れるエスターがどれだけドキドキしているか、知りもしないで。  弟子が頭のなかで、誘うように微笑むシャールの整った顔が快楽にゆがむさまを妄想しているなんて、これっぽっちも考えないんだろう。 「シーツ洗濯するよ」  すいっと指先を振ってシーツを剥ぐと、エスターはすこし腹立たしい気持ちで先に階段を下りた。

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