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2-1 暗黒の森
「暗黒の森には魔獣がいる。だから決して近づいてはいけないよ」
子供の頃からそう教えられてきた森の入口に、エスターは来ていた。
早朝の陽射しがきらきらと輝いて、エスターの金の髪を照らした。十四歳の誕生日を迎えたばかりのエスターだが、体つきはしっかりしていた。
目の前の森は、鬱蒼としている。
かろうじて、以前はここが道だっただろうという細い獣道が見えているが、草が生い茂ってどこまでその道が続いているかもわからない。
かるく息を吸って、エスターは馬を促した。
「さあ行こうか、ジャス。魔の森の向こうには、凄腕の魔術師がいるんだって」
エスターは気負いない様子で森に入って行く。
繁った樹木が太陽の光をさえぎって、昼間でも薄暗い。
「ジャス、魔術師に会えたら、何て言おうか」
暗黒の森を超えた先に、伝説の魔術師がいるらしい。
「どんな魔獣が出るだろうな?」
つぶやきながら歩いていると、森に入って半刻もしないうちに最初の魔獣に遭った。
見た目は狼だが、通常の倍以上の大きさがある。
グルルルル……と喉から唸り声を上げて、岩の上からエスターを見下ろしている。
「下がれッ」
ジャスの手綱を引き、剣を抜いた。最初の一撃が肝心だ。
クワッと口を開いて威嚇する狼は、エスターを紅い眼で睨んでいる。と思った瞬間、狼が飛び掛かって来た。かろうじて避けて、馬を走らせる。後ろから三匹に増えた狼が追って来た。
マズい。方向を変えて、道なき道に踏み込んだ。ジャスは本能で獣から逃げ、どうにか狼を振り切った。
「やっぱり危険な森なんだな」
ふうっと息を吐いたエスターは、しっかり剣を握りなおした。
しかしそれから半日経って、エスターは首をかしげた。
「確かに魔獣がたくさんいるけど、どれも襲って来ないな?」
どの魔獣も恐ろしい外見をしている。大きな牙に鋭い爪、ライオンのようだったりグリフォンのようだったり、ドラゴンの頭に牛の下半身だったり、町に現れたらとんでもない騒ぎになるだろう。
でも彼らは威嚇して飛び掛かっては来るが、食らいついては来ない。
「それにこの森、何となく魔術の匂いがするよな……?」
さっきから同じところをぐるぐると回っている気がする。
「つまり、追い返したいのか?」
どうすれば、森の奥に進めるだろう?
巨大な耳の尖ったサルのような魔獣に出会った時、エスターは逃げずに大きく踏み込んで剣を振り下ろした。ぐさりと肉に剣が食い込む感触がした。
うぎゃあああああああああっ。
魔獣はつんざくような悲鳴を上げて暴れはじめる。エスターは急いで飛びのいた。魔獣が追ってくるので必死に剣を突き立てる。
致命傷を負ったようで、徐々に動きが弱くなり、逃げるかとどめを刺すか迷っていると、どうっと音を立てて魔獣は地面に崩れ落ちた。
「えっ?」
瞬きする間に、倒れた魔獣は跡形もなく塵となって消えてしまった。
「幻影魔法? 一体、誰が……?」
もしかして、この森全体に幻影魔法がかけられている?
「まさかね。そんな大規模な術を使える魔術師なんて」
言いかけて、自分は森の奥にいるという伝説の魔術師に会いたくて森に入ったのだと思い出す。
「じゃあ、ひょっとしてこの幻影魔法はその魔術師が?」
エスターはがぜん、やる気になった。きっとすごい魔術師に違いない。
この魔獣を倒して前に進んでいけば、その魔術師に会える。エスターは剣を握りしめ、前を向いた。
それから夕方まで、エスターは魔獣と戦いまくった。中には幻影ではない本物の魔獣もいた。それは倒しても塵にはならない。
つまり、もともと魔獣の住処だった森に魔術をかけているのか。
より多くの魔獣が出る方向に進んでいけば、きっと魔術師に会える。そう確信して進んでいったが、急に霧が出てきて視界が閉ざされた。
むやみに動くのは危ないと、見つけた洞窟で野営することにした。
「よく頑張ったな。今日は疲れただろ」
ジャスの背を叩くと、ジャスはあまえて鼻先を押しつけてくる。ほとんど一日中、走り回っていた。
「入口に結界を張ったから大丈夫だよ。ゆっくりお休み」
魔獣の侵入は防げるはずだ。
エスターも魔術師の端くれだ。だから昼間に出会った魔獣を作り出した魔術師の腕はだいたい予想がつく。
この森全体に大掛かりな魔術がかけられて、人の侵入を拒んでいる。
よほど人嫌いの魔術師なんだろうか。偏屈な雰囲気の老婆の姿が思い浮かぶ。
どんな人でもいい。これだけの魔術を使えるなら、エスターの師となって欲しい。
そう思いながら、目を閉じた。
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