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そして目が覚めると、草原にいた。すぐ隣にジャスがいる。
「おはよう、ジャス。いい天気だな」
ジャスの背に乗って、エスターは走り出した。草原は気持ちがいい。
このまま遠乗りに行こう。湖まで行って泳いでもいいし、ブルーベリーをお土産につもうか。この時期ならたくさん実をつけているはずだ。
何となく違和感を感じたものの、エスターは湖に向かった。
湖畔はひと気がなく、小鳥の鳴き声だけが聞こえている。
ブルーベリーをつもうと腰につけた皮袋を手に取って、「あれ?」と思った。皮袋には遠出をするための干し肉や干果が詰めてあった。
そうだ、俺はどこかへ行こうとしてたんだ。
どこへ行こうとしたんだっけ?
何か思い出しかけた時、「お兄さん」と呼ぶ声がした。
「こっちにたくさん実がなってるよ」
振り向くと、十歳くらいの男の子がブルーベリーの木を指さしていた。銀色の髪に深緑の目をしたかわいい少年だ。
「ブルーベリーつみに来たんでしょ? この先にとてもたくさんあるよ」
少年はにっこり笑って先に立って歩き出す。ふらふらとついて行きながら、何かおかしいとエスターは思う。
「ほら、あそこ。とっても大きな木があるでしょ」
指さした少年は自慢げに笑った。
「ああ、すごいな」
「うん。あの木の実はすごくおいしいよ。持って帰ると喜ぶよ」
「そうだな。一緒につもうか」
誘ったが、彼は首を横に振った。
「ううん。僕はいい」
足元の大きな石から先には行く気がないようだ。
「お兄さん、行っておいでよ」
大きな石の上に乗って、少年はエスターの背中を押した。その瞬間、エスターは彼の腕をつかんで引っ張った。
「うわっ」
予想外だったのか、少年は簡単にエスターに抱きとめられた。
「あれ? 実体なのか」
エスターのつぶやきに、彼は手を外そうと腕を払った。
「放してよ」
「お前は誰だ? 使い魔じゃなさそうだな」
腕を放さずに訊ねると、少年は剣呑な目つきに変わった。
「誰でもいいだろう。とっとと帰れ」
さっきまでの無邪気な笑顔は消えて、周囲の湖もブルーベリーの木も消えた。
エスターは森の入り口にいた。幻影でここまで連れて来られたのだ。
すごいな、と素直に感心した。
草原も湖もブルーベリーも鳥の鳴き声も本物にしか見えなかった。きっと昨夜の霧から術中にいたのだ。
あのまま大きな木に行けば、森から出て何もかも忘れたんだろう。これまで無事に帰って来た猟師たちのように。
伝説の魔術師がこの少年を寄越したに違いない。
「魔術師に会いたいんだ。君は彼の弟子なのか?」
エスターの質問に少年はそっぽを向いた。
「知らない」
物理的な力では少年はエスターにかなわない。エスターは腕を放さず、しっかり力を込めた。
「痛いって、放せよ」
「教えてくれたら放してやる」
「はあ? 知らないって言っただろ」
バチっと音がして、少年がエスターを跳ね飛ばした。
くそっ、子供だと思って油断した。この子も魔術を使うのか。
エスターは捕縛術を掛けたが、少年はそれをすり抜けた。
森の中で、追いかけっこが始まった。
彼は魔術で姿を消したが、エスターはすぐ後を追った。森を熟知している少年に分があるが、すばしっこさではエスターが上だった。
そして彼はあまり体力がないらしい。息が上がった少年が嫌そうにエスターを睨む。
「しつこいな、お前」
「どこまでもついて行くよ。とりあえず、魔獣が多く出る方に行けばいいのはわかってるからね」
少年はあきれた顔になる。その表情がふいに歪んだ。
「どうした?」
「動くな」
ぴたりと動きを止めた少年は鋭い声を発した。
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