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「え? 何だよ、急に」
「動くなって」
少年の目線を追ってそっと見ると、岩の上に、大きな黒光りする生き物がいた。
「うわ、何これ?」
「蛙を知らないのかよ」
「蛙は知ってるよ。でもこんな蛙は初めて見た」
背中にこぶがあって姿がグロテスクな上に、大人のこぶしほどの大きさだ。
「これも幻影?」
「いや。そいつは毒を持ってる。うかつに動くな」
「動くと毒を吐く?」
少年が瞬きでうなずく。
「でもそいつの毒は薬にもなる。お前、素手でそいつを捕まえられるか?」
「え? 毒を吐くんだろ?」
「ああ。しかも微弱な移動魔術を使う」
「じゃあ、捕まえられないじゃん」
「でも人の体温が好きなんだ。そっと近づいて、両手で包み込むように持てばおとなしく眠る」
さすが暗黒の森、変わった生き物がいるもんだ。
「もしかして、捕って欲しい?」
少年はかすかにうなずいた。
「それ、魔術師が欲しがってるんだ」
「お前が捕ればいいだろ」
少年は黙りこんだ。
「え、もしかして怖いの? 毒があるから?」
「毒なんか怖くない」
ムッとした顔でいう。
「じゃあいいだろ。そっと両手で包めばいいんだろ」
「感触が好きじゃないんだ。お前が捕れよ」
傲慢な言い分にエスターはあきれた。
「人に頼む態度じゃないよな」
少年は蛙とエスターを見比べて唸っている。
「どうしようかなあ。俺は捕らなくても困らないんだよなあ」
「ずるい」
「べつにいいんだよ、このまま森から帰っても」
「わかったよ、魔術師に会わせてやる」
少年が悔し気に言い、エスターはにんまりした。
それにしても、蛙はグロテスクで本当は触りたくない。
「急に動くと移動される。そーっと手を伸ばして、両手でやさしく包むんだ」
少年のアドバイスに従ってゆっくり両手を伸ばすと、蛙はぎろっと目を動かした。目が合ってドキッとする。
「いいぞ、怖がらずに触って」
毒を持っているのにそんな簡単にはいかない。でも蛙を捕まえたら魔術師に会えるなら安いものだ。
少年の言う通り、そのままそっと蛙を包み込む。蛙はぎょろりとエスターを睨んだが、体温がよかったらしく、ゆっくり数回瞬きをしてすうっと眠ってしまった。
「えー、すごい。毒を吐かれないのは珍しいぞ」
「吐かれる前提だったのかよ」
「大丈夫、治療はできる。でもこんなにすんなり眠るなんて、相性がいいんだな」
こいつと相性がいいって言われてもな。
触ってみてわかったが、蛙の手触りはぬるぬるしてとても気持ち悪い。確かにこれを素手で触るのはためらうだろう。早く離したい。
「これ、どうすんの?」
「そのまま持ってきて」
「え、入れ物とかないのか?」
「特殊な入れ物じゃないと移動されちゃうんだ。だからなかなか捕まえられない」
「でも両手使えないのに、そんな長距離歩けないぞ」
「大丈夫、すぐだよ」
言ったと同時に、周囲の風景が変わった。
あっけに取られていると、目の前に小さな木の家が建っていた。
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