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 ドアを開けた少年はすたすたと中に入った。エスターも続いて入ったが、中はひどい有り様だった。  テーブルにも椅子にも魔術の道具や食器、クッションに本、筆記具や実験道具などがめちゃくちゃに積みあがって、テーブルの下には干からびたパンにしなびたジャガイモが転がっている。  エスターはあきれていたが、物があふれかえる中を少年は頓着せずに進んでいく。 「確か、この辺にあったような……」 「おかえり、シャール、それ誰だい?」  薄茶色の猫が話しかけてくるが、少年は探し物に夢中で答えない。 「下級魔術師のエスターです」 「いらっしゃい、エスター。お客が来るなんて久しぶり。あたしはカーラよ」  シャールと呼ばれた少年がソファを乗り越えた奥から不思議な物を取り出した。手首から先の石膏像みたいなものだ。  それを見たカーラが「手籠? 黒蛙なの?」と驚いた声をあげた。 「うん。こいつが持ってる」 「へえ、それはすごいわね。滅多に会えないのに」 「だろ、ラッキーだったよ」  手籠はお祈りするように指を組んでいたが、シャールが撫でると手を開き、水をすくうような形になった。 「ここに入れて」  両手で作った椀の中に眠ったままの黒蛙を入れる。すると両手はぴたりと合わさって黒蛙を閉じ込めた。 「よし、これで大丈夫だ」 「手を洗いたいんだけど」 「玄関横の井戸で洗うといいわよ。黒蛙のぬめりはなかなか落ちないからね」  カーラが教えてくれて、井戸で手を洗った。井戸と言っても足踏みポンプがついていて、踏むと水が出てくる仕掛けだ。  手がきれいになったので、一緒に移動したジャスを撫でた。 「ようやく会えそうだよ。黒蛙のおかげだな」  もう一度、家に入ると、シャールがソファに座っていた。そこだけ物がなかったから、いつもの場所らしい。 「で、用件は?」  ふんぞり返ったシャールが訊ねた。 「魔術師に会いに来た。会わせてくれるって言っただろ?」 「ああ。おれがそうだ」 「え? お前? お前が伝説の魔術師?」 「伝説かどうか知らないが、この森に住んでいる魔術師はおれだけだ」  本当か? 疑いの目を向けるとシャールは肩をすくめた。 「これなら信じるのか?」  一瞬で、目の前の少年は二十代半ばの青年になった。銀の髪と深緑の目は変わらないが、涼し気な顔だちで、確かにあの少年が成長したらこうなるだろうと思う容姿だ。 「本当は何歳なんだ?」 「さあな。それより用件は?」  魔術師に会えたらきちんとお願いしようと思っていたのに、すっかり段取りが狂ってしまった。今さら態度を変えるわけにもいかない。直球勝負で用件を言った。 「俺に魔術を教えて欲しい」 「なんでおれがお前を教えなきゃいけない? とっとと帰れ」 「生活魔法は得意だよ。ここもきれいにできるし、役に立つよ」 「邪魔だ」 「あら、シャール、片付けをしてくれる人がいたらいいのにっていつもこぼしてるじゃないの」  カーラが口を挟んだ。 「ほんと? 掃除洗濯、片付けに料理は得意だよ」 「いいわね。シャールは特に料理がダメなの。おいしいシチューを作ってもらいたいわね」 「いいよ、今から作ろうか」 「勝手に話を決めるな。おれは弟子なんか取らないからな」  シャールは言い捨てて出て行ったが、そのままエスターは部屋を掃除して、家の中を片っ端から片付けていった。  夕方、戻ってきたシャールはあっけに取られた顔で、見違えるほどきれいになった部屋を眺めていた。 「おかえり、晩ごはん、できてるよ」  エスターはにっこり笑って強引に席につかせ、焼き立てパンとシチューを出した。シャールはムッとした顔でスプーンを口に運んで、一瞬手を止め、ものすごい仏頂面になった。 「あら、本当においしい。よかったわね、家事の得意な弟子ができて」 「カーラ、勝手に決めるな」  そう言いながらもシャールのスプーンは止まらない。眉間にしわが寄っているが、シチューが気に入ったのは確かなようだ。 「いいじゃないの。かわいい子だし、話し相手にもなるわよ」 「話し相手なんか必要ない」 「はいはい。でも見なさいよ、人間の住み家らしくなったじゃない」  きれいに掃除された部屋は快適だった。外からは平屋の小さな家に見えたが、中は三階建てになっていて、部屋数があることは確認した。これなら居座っても大丈夫そうだ。 「何より、このパンとシチューが毎日食べられるのよ、エスターがいれば」 「カーラの言う通りだよ。俺、料理は得意だよ」 「いつの間に名前で呼び合う仲になったんだ」  シャールは仏頂面のまま、もう一つパンを取った。さほど食べないとカーラに聞いたけどもう三つ目だ。  エスターはダメ押しの台詞を言った。 「それに黒蛙の世話をする弟子が必要だろ?」  そうだった、と思い出したようにシャールは手籠を見た。閉じた指のすき間から黒蛙が眠っているのが見える。 「素手じゃないと逃げるんだよね?」 「うー……」  目線をうろうろさせて、しかめっ面でため息をつく。 「ね、俺がいたほうがいいでしょ?」  こうしてエスターは、押しかけ弟子として居座ったのだった。

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