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第18話 再会

 俺たちは儀式を行いながら旅をした。  聖水は予想通り何日経っても、密閉していたおかげで、その力を失うことはなかった。  旅は不自由が多いが、それでも俺たちは進んだ。  少人数で旅する俺たちを、まさか第二皇子その人であると疑う者は誰もいなかった。  そして難所をいくつもこえてレニュ穀倉地帯に足を踏み入れた。  そこで見たのは、燃え尽きた麦畑と村々であった。  ――第一皇子の使者が村々を回り、畑と村を焼いている。  旅の途中、まことしやかにささやかれていたその噂が現実のものであるとその光景は物語っていた。  俺たちは愕然とした。 「民を襲うなど……!」  ハンローレンは怒り心頭であった。  しかし、俺たちには護衛はいても兵士はいない。交戦になっては勝ち目はない。  俺は歯がみした。  行くか戻るか、俺たちは決断を迫られる。  その決断を、ハンローレンは俺に委ねた。 「いいの?」 「ええ。あなたを信じていますから」  とはいえ、そう簡単には決められない。畑のことならともかく、戦いになったとしたら俺は役立たずだ。  判断しかねていると、ひとりの護衛が発言の許可を求めた。 「どちらにせよ、補給が必要です。我々が持ってきた食料はそれほど多くありませんから。麦以外ならレニュのものを口にしてもいいのでしょう?」  俺は判断を先延ばしにして、その提案に乗った。  レニュの異変を「呪い」と信じているのなら、教会のある村は無事である可能性が高い、というハンローレンの予想を信じ、レニュの最北にある村――カナン村へと向かった。  カナン村は教会があることも関係し、俺の偽物を乗せた馬車の目的地でもあったのだという。  三日ほど馬を走らせて、俺たちはカナン村へたどり着いた。  カナン村を太陽が照らしている。絵に描いたような牧歌的風景だ。  そして、その美しい風景の中に行き交う村人たちの姿を見た時、俺たちは知らずに安堵の息をもらした。  そのカナン村で、俺は懐かしい顔を見かけた。  その人物は、丸い眼鏡をかけて、片手にメモ帳を持っている。それはかつて、ともにぶどう畑を救った青年だ。 「ギル、ギルだよな!?」  彼は小さな教会の前の広場に何台もの荷馬車を並べ、その中心で指揮をとっていた。  俺は彼に駆け寄る。 「何でここに!?」  彼はフードを被った俺の顔を覗き込み、それから目を見開いた。  彼はすばやく俺を荷馬車の陰に誘導すると、声を落として言った。 「賢者様こそ、なぜここに……? レニュに来たのは偽物だったという話でしたが……」 「レニュを助けに来たんだよ!」  自然とその言葉が口からこぼれた。  ギルは何か言おうと口を開いて、でも言葉にならないといった様子で首を振った。 「どうしたの?」  問うと、彼は胸に手をあてて「お待ちしておりました」と答えた。  彼は続ける。 「レニュでは麦、ライ麦などを育てていますが、今年はどこも豊作であったようです。ただ、麦やライ麦の中に奇妙な実をつけたものがあるようです。黒くて、牛の角のような形をした実です」  正確で、抜け目のない彼らしい報告である。  俺の予想は確信に変わる。 「うん。それ、きっと去年もあったんだよな」 「はい。農民たちの話では、ここ3年ほどでそのような実をつけるものが多くなったそうです。最初はライ麦、それから大麦に……」 「ギル、すごいな。よく調べてる。宮城の命令で来たのか?」  確か、彼は役人をしていたはずである。  ところが、ギルは首を横に振った。 「いいえ。自分の意思で参りました。――その、申し上げにくいのですが、私を『賢者の弟子』とはやしたてる者たちがおり、その者たちに頼まれまして……」 「ええ!?」  俺は頓狂な声を上げた。  ギルは申し訳なさそうに、俯く。 「その……レニュの畑をぶどう畑と同じようにしてくれないか、と……それで」  彼が目線を広場へ送る。  そこには荷馬車が停まっているが、俺はその中の荷に見覚えがあった。 「ビネガー……?」 「はい……葉や実に塗ってみたのですが……」  俺は唸る。  ビネガーはうどんこ病のようなカビ類には効くが、今回のような病気には効果がない。  ギルは肩を落とす。 「どうすればよろしいでしょう。賢者様のお知恵をお借りできますか」 「うん。それはもちろんだけど、でも……それより先に」  俺は焼かれた村を見たことを彼に話した。  ギルは言葉を失う。 「有事にはそのような根も葉もない噂が流れるものだと思っていましたが……本当なのですね」  彼は気を取り直して言った。 「この村の教会にはハンローレン第二皇子がレニュに送った一隊がおります。合流なさるべきです」 「え? そうなの?」  ハンローレンがレニュに送った一隊。  医者と、食料と、それから兵士たち。 「レニュの惨状を見て、彼らは踏みとどまったのです」 「そっか……うん、そうだよな」  こうして、俺たちは神殿で兵士を得た。「守れ」と神が言っているようだった。 * 「あの兄弟は眠ったようですよ」  夜明けすぎ、俺が遠くに目を凝らしていると、後ろからハンローレンがやってきてそう言った。  俺は息を吐いた。 「そっか」 「弟の方は……ずいぶんと……」  ハンローレンはそこで言葉を切る。俺もそれ以上は問わなかった。  エドの村で保護した兄弟は白湯を飲むと、兄の方がぽつりぽつりと村で見たことを話してくれた。  俺たちはもう大丈夫だと言って、彼を休ませた。  弟の方はずっと眠ったままだった。  俺たちは湖のほとりの開けたところに野営していた。  カナン村にいた兵士たちは勇敢に戦い、ウガ村を襲った一団を退けたが、しかし火のまわりまではとめることができなかった。  太陽の光が麦畑を照らしている。  一面の黄金に、麗しい湖。  しかしその向こうに見える村は黒く焼け焦げ、煙が何本かの柱となって天へと昇っている。 「間に合わなかったな」 「何人かは救えました」  ハンローレンと俺はしばし並んでその光景を見つめた。

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