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最終話 平和な国の真ん中で

 結婚式が終わって、俺たちは宮城へ入った。  そこで俺は配偶者となった自身の地位の高さを思い知ることになる。  俺にあてがわれた部屋は白と深いボルドーを基調とし、柱には精緻な彫刻が施され、家具にも金が象嵌された――格調高い部屋であったのだ。  俺は豪勢な部屋の入口に立ち竦んだ。  天井は高く、窓も大きい。かかっているカーテンはたっぷりとした天鵞絨である。 「うへぇ……」  ベッドが庶民の部屋一部屋分ありそうなほど巨大であることを見て、俺は変な声を上げてしまった。  なんてこったい。俺はとんでもないところに来てしまった。  ついさっき結婚の誓いをしてきたばかりだというのに、俺はもう回れ右をしてどこかに逃げたい気持ちになった。  俺の部屋の寝室の奥には小さな扉があり、その扉は主寝室につながっている。  主寝室――ハンローレンと同衾する部屋である。  俺はごくりと唾を飲みこんだ。  そしてその時はすぐにおとずれた。  夜、俺は腕まくりをした侍従たち6人がかりで風呂に入れられ、文字通り頭のてっぺんから足の先までしっかりと洗われたあと、息をつく間もなく衣装を着せられて、主寝室に放り込まれたのであった。  薄い絹でできた衣装が素肌の上をすべる。  それには精緻なレースとリボンがついている。  俺はそれを着た自分の姿を見下ろして、なんともいえない気持ちになる。 「うへぇ……」  耐えがたくて、結局それは脱ぎ捨ててしまった。  代わりにベッドからシーツをとってそれを体に巻き付けた。  へんてこではあるが、それでもあの衣装よりマシに思えた。  さらにベッドで毛布にくるまっていると、そこにハンローレンがやってきた。  彼は俺と同じく絹の、しかし厚みのある絹でできた衣装を着ている。  それは豪奢な刺繍が入っているが、レースやリボンはついていない。  彼は俺がもうベッドにいるのを見て、目を丸くした。 「ずいぶん気が早いですね……?」  俺は猫の気分で、顔だけ毛布から出し、無言で床に脱ぎ捨てられた絹を睨みつけた。  彼はその絹を拾い上げて、じっくりと眺め、俺の不機嫌の理由を察したようであった。 「侍従には私から伝えておきますよ」 「……ん」  俺は頷く。  ハンローレンは苦笑する。 「入れてもらえますか?」 「……ん」  俺が少しだけ毛布に隙間をつくると、彼が身を滑り込ませた。  暖炉があるとはいえ、まだ春先である。  彼の体は少しだけ冷たかった。 「……」 「……」  沈黙が落ちる。  彼の体温と俺の体温が混ざり合う。  彼はじっと俺を見つめる。  俺は枕に顔を押し付けて、火照る顔を隠した。  先に声を上げたのは俺だった。  俺は馬鹿みたいに陽気な調子で切り出した。 「俺が世話になったターニャ村ってさ、ほんとうに何もないんだよ」 「ええ」 「だから、俺、あの村に肥料や農薬を研究して作る場所を作りたいんだ」  蔓枯病、うどんこ病、麦角菌。  農業はいつでも自然との戦いだ。   そしてこの国に、その戦いが有利になるように知恵を絞るための場所があってもいいとずっと思っていたのだ。  俺の提案を聞いて、ハンローレンは頷いた。 「とてもいい案ですね」 「だろう? まずは大学、えっと、学校を作って、それから先生を集めて、次に学生、あとは作った農薬を運ぶ街道も――」  俺が勢いよく語りだしたとき、ハンローレンが俺の唇の上に人差し指を置いた。  静かに、と彼の唇が言った。 「あ……」  彼の唇が綺麗な弧を描く。 「今夜は、初夜ですから――私に任せて」  スミレ色の瞳に、吸い込まれる。 *  初めての行為に、緊張して体が爆発しそうだ。  心臓が激しく脈打って、部屋中に響いているように聞こえる。  ハンローレンが俺の鎖骨を撫で、唇をよせる。つ、と舌が体の上を這い、思わず「んっ」と声が出た。  体の奥底が熱を持って、ハンローレンに触れられたところから熱があふれ出てきているようだった。  彼は俺の体の隅々まで触れていく。  うなじ、首、へそ――。  ただ触れられているだけなのに、俺の体は脱力し、溶けていく。  ――知らない、こんな感覚は知らない。  初めてのことなのに、俺は悩ましい声を上げて、彼の指に与えられる刺激を期待している。  ハンローレンは俺の片足を持ち上げて、足を開ける。俺の膝にキスを落とすのも忘れない。  恥ずかしいところが丸見えで、俺は顔を隠す。  俺の中心はすっかり熱を孕み、屹立していた。 「すごい」 「んっ……」  ハンローレンが俺のそこに触れる。芯を持ったそれを撫でられ、俺の腰が跳ねる。  俺は首をいやいやと振った。 「ハンローレンも脱いで……」  その言葉に、彼はがばっと勢いよく絹の衣装を脱ぎ捨てた。  そして俺に覆いかぶさる。  彼の銀色の髪が落ちてきて、まるでカーテンのようだ。  このカーテンの中には俺とハンローレンだけしかいない。  2人だけの世界。  俺たちは見つめ合って、それから唇を合わせた。  お互いを味わうように、ゆっくりと、そして深く。  舌で歯列をなぞられる。  ちゅ、と水音が漏れて、その音に浮かされてさらに深く求める。  夢中でキスを交わしていると、俺の尻にハンローレンの指が触れた。  俺のその双丘の中心はいまは作り変えられ、ハンローレンを受け入れるべく濡れそぼっている。  そこは彼の指をすんなりと迎え入れた。  奥へ奥へ、指はゆっくりと俺の誰にも触れられたことのない奥を拓いていく。  背筋が震えた。ハンローレンも呼吸が荒い。彼が俺のそこに触れて興奮しているのがわかり、うれしく思う。足をだらしなく開いて、彼をさらに奥へと誘う。  唇と、俺の双丘の中心から、くちゅりと音が出る。  2人の呼吸とこの水音だけが部屋に響く。  僕たちは何も言葉を発さなかった。言葉はいらなかった。  ただただ、お互いの体に触れていたかった。  ハンローレンはゆっくりと指を抜き差しする。 「んんっ……」  俺は眉根を寄せる。  体の奥の異物感。しかし、それもやがて溶け、甘い快感が残る。  ハンローレンの指は一本だったものが二本、そして三本になる。  俺のそこはそれを難なく飲み込んだ。  ふと彼の指がそこに触れて、俺は仰け反った。 「あ……あぁあ」  自分のものとは思えない甘い声が零れ落ちる。  ハンローレンの目が欲情に濡れる。  俺は彼の指で弱いところを突かれて、腰を浮かして、股を開く。  乳首を撫でられ、吸われる。  俺は彼に与えられる快楽に翻弄された。 「……いれて」  その言葉が自然に自分から出た。  俺は自分で言っておきながら、その言葉に耳まで赤くなるのが分かった。 「ああ……キフェンダル……」  ハンローレンが俺の名前を呼ぶ。 「愛しています」  俺はへらりと笑った。 「愛してる」  彼は俺の股を開くと、俺の中心に彼の太いそれをねじ込んだ。  途中、苦しくて、思わず腰がひけた。  でも、ハンローレンは俺の腰をしっかり掴んで、彼自身を沈め続けた。    俺は串刺しにされて、ぱくぱくと口を開けたりしめたりした。 「奥まで、入りました」 「あ、はぁっ、は、はぁ」  ゆっくりと俺の腹を撫でるハンローレンとは対照的に、俺はもう余裕がなかった。  経験したことのない快楽の波にさらわれてしまいそうなのだ。  ハンローレンは俺の開いた股の向こうから、俺を見下ろしている。  そして、ゆっくりと腰を振りはじめる。  彼の動きに合わせて、俺の体も揺れる。 「あああ、あ、ああ、あ」  はあはあと荒い息を吐き出しながら、俺は喘いだ。  こんなのは俺は知らない。  俺は俺の体ではないように、快楽を得て、穴をうねらせる。  頭は真っ白になって、何も考えられない。  ただ上を向き、口を開け、揺さぶられている。  ああ、ハンローレンのスミレ色の瞳が俺を見ている。 「――っ……!!」  俺は絶頂に達し、息を詰める。  俺の意思とは関係なく、尻の穴がきゅっと締まる。  ハンローレンの顔がゆがむ。  ハンローレンが俺で気持ちよくなっている。  それがさらに俺を興奮させる。  彼はさらに強く腰を振る。  ぱん、ぱん、という肉がぶつかる音が響く。  それががたがたというベッドの軋む音に変わる。 「あっ! あ、あ、あああ!!!」  俺は首を振り、身を捩る。  深すぎる快楽に、目から涙が落ちる。  ハンローレンが俺の唇を吸う。 「……ふぅ、む……あっ」 「はぁっ……あ、はっ……」  ハンローレンの声が漏れる。  彼のそれが俺の体の中で大きくなるのがわかった。 「キフェンダル……ああ、愛しています」 「あ、ああっ! あっ……んぁあ!」 「愛しています」 「ああ、ああいしてる……!」  愛している。  雨のように降り注ぐその言葉を聞きながら、俺も懸命にその言葉を返した。 「あああっ!」 「ぐ……あぁ」  そうして、俺とハンローレンは同時に果てた。 *****  俺は天井を眺めていた。  侍従たちは俺とハンローレンの体を拭き清め、またあれこれと俺たちの世話を焼いて下がっていった。  彼らは一言も発さず、迷いない手つきをしていた。  そうしてきれいに整えられたベッドで俺とハンローレンは並んで横になっている。  俺は初めての行為が終わって緊張から解放されて、脱力している。  フリルのついた衣装はハンローレンによって交換され、ふつうの寝巻を着せられていた。  ハンローレンはご機嫌で俺の髪を撫でている。 「どこか痛みませんか」 「大丈夫」  彼が俺の腰に手をやる。 「あなたに似た子どもがいいです」  彼の言葉に噴き出す。 「気が早すぎだろ」  彼は何も答えず、ただ俺の額にキスを落とした。  俺は幸せな気持ちになって、彼の胸に頬を寄せた。  俺はまどろむ。  そして夢を見る。  夢の中では、見渡す限りに緑の畑が広がっていた。  かぼちゃ、にんじん、じゃがいも……。  そこでは多くの人が笑顔を浮かべている。  そして、その中心にいるのはハンローレンだ。  彼の国、彼の民はこれから幸せになっていくに違いない。  そして彼に駆け寄るのは、俺だ。  俺の手には稲が握られている。  ああ――米だ。  主食と呼ばれる米、麦、じゃがいもの中でもっとも面積あたりで収穫できるカロリーの高い食べ物。  これがあれば、きっと、もっと国はよくなる。  俺の次に儀式を受けることになる人、それが誰であるか俺はまだ知らない。  しかし、米は麦よりも腹にたまる。きっと儀式中の空腹を軽減させてくれるはずだ。  うん、そうしよう。 「米を探そう」  俺の寝言に近いつぶやきに、ハンローレンは苦笑した。 「ちょっとは落ち着いてください」  俺たちはお互いに笑い合いながら眠りについたのだった。    

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