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第9話 魔物狩り①
人ならざるものが見えてしまう子どもに、せめて己の身を守れるだけの知識を与えてあげたい。そんな誰かの善意で設立されたこの学校には、特殊な授業がある。
危険な魔物の見分け方、足止めに効果的な札の書き方と使い方、どうしようもないときに戦う方法――いわゆる退魔術と呼ばれる護身術の授業である。
誰もが初回の実習を心待ちにしていたし、もちろん澄也もそのうちのひとりだった。
澄也たちが連れてこられたのは、神社の近くにある裏山だった。普段は立ち入りが禁じられた学校所有の土地には、人を排した場所特有の神秘的な空気が漂っている。野外実習にはこれ以上なく適した天気だった。
「実践訓練をするぞー! 点呼!」
腰に手を当てた教師が、気合いの入った声で呼びかける。生徒たちはそわそわと辺りを見回しながら、今か今かとはじめの合図を待っていた。
「今日やってもらうのは『魔物狩り』だ!」
ざわりと声が上がった。生徒たちの視線が集まるや否や、教師はひょいと近くの木から何かを剥がす。
その手には、リスによく似た小さな魔物がぶらさげられていた。見た目こそかわいらしいが、サメのように鋭い歯をがちがちとぶつける様子は見るからに凶暴だ。
「この森には、見ての通り小さな魔物が棲みついている。少数ならば害はないが、放っておくとすぐ増えるんだ。そういうわけで、うちの学校で山を丸ごと借り受けている代わりに、毎年実習で定期的に駆除をすることになっている。もともと住んでる動物に害があってもいかんし、町に降りてこられると迷惑だからな」
話を聞きながら、澄也は顔をひきつらせた。害はないと先生は言うが、その手に掴まれた魔物から聞こえる声は、『殺す殺す殺す』とひたすら繰り返していた。とても無害には見えない。
「魔物が見える君たちならば、これまでにこういった魔物を見かけた経験は多いだろう。襲われた経験や交戦経験がある人もいるかもしれない。今後、君たちには魔物から身を守る方法をきっちりと覚えてもらうが、今日の目的は退魔術に親しむことだ。今日は何を使ってもいい。親御さんに教わっている家伝の術を使ってもいいし、自作の符を使いたければ使ってもいい。方法は問わないから、とにかくひとり一体、魔物を仕留めてくるように! 今後も実習で来ることになるから、一体以上は狩るんじゃないぞ」
興奮したように小声で話す周囲の生徒たちとは真逆に、澄也の気分は先ほどまでとは打って変わって沈んでいた。どうしたものかという焦りが澄也の心を埋め尽くす。
魔物を見る力は大概が遺伝だ。だからこそこの町には特殊な力を持つ者が多く生まれる。普通の家庭なら、虫の追い払い方と同じように弱い魔物の祓い方を親から教わる。けれど、澄也の家庭は普通とは程遠かった。父はいないし、物心ついてから母に何かを教わった覚えもない。
「仕留めたら核を持ってここに戻ってきなさい。核は知ってるよな? 魔物は動物とは違うから、よほど高位の魔物でもない限り基本的に血は流れていないし、祓えば死体も残らない。代わりにこういう核が残るぞ!」
言うが早いか、教師はポケットから取り出した札を魔物にぺたりと貼り付けた。一瞬にして小さな魔物の体は燃え上がり、ビー玉のような小さな珠だけが後に残った。最後まで『殺す』としか言わなかった魔物を憐れみつつ、澄也はそっと拳を握る。
あんな便利な札など澄也が持っているはずもない。
(話す? いや、核になってくれって頼んで聞いてくれる魔物がいるか? じゃあ殴る? 魔物って叩いたら祓えるんだっけ?)
最前列で青ざめていると、そんな澄也に気が付いたのか、先生は安心しろと言わんばかりに言葉を付け足した。
「危険な魔物はあらかじめ間引いてあるし、もしもの場合にも先生たちが何人も見回っているから、怖がらなくて大丈夫だ」
そういう問題ではない。
「今日はあくまで狩りの体験だから、どうしても怖いという子は遠慮なく先生たちを頼りなさい。一緒にやろう!」
そう言われて素直に頼れるものがどれほどいるだろう。まわりが生き生きと課題に取り組む中、ひとり情けない姿をさらしたいとは思えなかった。
腕時計をちらりと見た先生は、そわそわと浮足立った生徒たちを眺めて満足そうに笑うと、大きな声で合図を出した。
「制限時間は二時間だ。指定の範囲からは出るんじゃないぞ! 終わりの十分前に合図の音を鳴らすから、運悪く狩れなかったとしても、合図が聞こえたらすぐにここに集まるように。それでは、はじめ!」
我先にと森の中に駆けて行くもの、友人同士でのんびりと出発するもの、荷物から符を取り出しているもの。軽やかな足取りでその場を離れる同級生たちを横目に、きゅっと唇を噛み締めて、澄也もまた、ひとり森の奥へと向かっていった。
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