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第10話 魔物狩り②
太く立派な木の後ろで、澄也は息をひそめていた。視線の先には、うさぎによく似た小さな魔物がいる。見た目こそかわいらしいけれど、額に生えた角に一度でも突かれたことがあれば、決してかわいいとは思えないだろう。
魔物はのんびりと草を食んでいて、澄也に気づいている様子はまったくない。
「(今度こそ……!)」
うさぎに似た魔物が餌場を変えたところを見計らって、澄也は素早く木の影から飛び出した。けれど、澄也が手を伸ばすより早く、耳をぴんと立てた魔物はあっという間に逃げてしまう。
「まただめか……」
これで三度目だ。似たような魔物を何度か捕まえようとしたけれど、場所を変えてもやり方を変えても、すばしこいやつらは毛の一筋すら触れさせてくれない。
肩を落とす澄也を嘲笑うように、騒がしい鳥の鳴き声が辺りをにぎやかす。木々の合間から聞こえてくるそれは、授業が始まったときからついてくる鳥の魔物の群れたちの声だった。
『のろま!』
楽しそうに馬鹿にしてくる鳥を見上げて、澄也は恨みがましく呟いた。
「見てるなら手伝ってくれたらいいのに。狩りは得意だろう?」
『やだよ。ばーか』
つれない返事に、澄也はため息をついた。数ばかり多いうるさい鳥たちを捕まえられたらいいのにとは思うけれど、陸にいる魔物でさえ捕まえられないのに、空を飛ぶ魔物を捕まえられるわけもない。虫であったり小動物であったり、弱そうな魔物はそこら中に見つかるけれど、狩るとなると難しい。向かってきてくれるならまだやりようもあるが、人間を見ると逃げ出してしまう臆病なものしかいないのだ。
どうしたものかと頭を抱えていたとき、がさがさと茂みが激しく揺れる音がした。何ごとかと思えば、甲高い魔物の悲鳴とともに、小さな子狐が何匹も茂みから飛び出してくる。
『たすけて!』
「待てこの毛玉!」
必死に走る小さな魔物たちは、一匹、また一匹と後ろから迫る火の玉に焼かれて、ビー玉のような小さな核へと姿を変えていく。いくら魔物とはいえ、幼い獣の悲鳴は聞いていて楽しいものではなかった。
五匹いた狐の魔物は、またたく間に数を減らしていく。ことさら小さな一匹だけが、半身を炎に焼かれながらも辛うじて命を繋いでいた。
『いたいよ。こわいよ……!』
か細い声を聞いて、無意識に澄也はその子狐に手を伸ばす。普通の狐とは違う真っ白な毛皮に指が触れる寸前で、澄也を牽制するように一枚の札が間に滑りこんできた。
「俺の獲物だ。引っ込んでろよ、スミヤ!」
「……健」
聞き覚えのある声に振り向けば、そこには健を中心とした生徒たちが五人ほど、得意げな顔をして立っていた。その手に握られている核の数を見て、澄也はきゅっと眉根を寄せる。
「何でそんなにたくさん核を持ってるんだ? ひとり一体って言われたはずだ」
「お前って本当いちいちうるせえよな。こんなチャンスめったにないんだから、どれだけ狩ろうが俺たちの勝手だろうが。こんなビー玉、捨てちまえばバレねえっつうの」
「魔物だって生きてるんだぞ。必要以上に狩るのは良くない」
澄也の言葉を聞くなり、健はせせら笑いを浮かべた。
「そういうお前はどうなんだよ。人の獲物を横取りしてるだろうが」
「横取りなんてしてない!」
そう言いながらも、澄也はさっと自分の体で子狐を隠した。足を焼かれた狐の魔物は、逃げることもできずにぶるぶると震えていた。あまりにもかわいそうで、庇わずにはいられなかったのだ。
「じゃあなんで邪魔するんだよ。どんくさくって一体も狩れてないから取ろうとしてるんだろうが。違うっていうなら見せてみろ」
「何を見せろって言うんだ」
「核だよ。持ってるんだろ? 見せてみろ」
澄也がぐっと言葉に詰まると、健とその取り巻きたちはにやにやと感じの悪い笑みを浮かべ始めた。
「なんだよ。偉そうなこと言ってるくせに、まだ一体も狩れてねえの? 別に横取りなんてしなくたって、分けてやったっていいんだぜ? ひとりぼっちのスミヤは、ろくに狩り方も知らないだろうしなあ」
「だから、横取りなんてしてない! 核だって自分、で……」
言葉の途中で澄也は目を見開く。健たちの影が不自然に伸びていたのだ。
――あんな大きな火の玉、さっきからそこにあっただろうか?
拳大だった青い火は、あっという間に大きさを増していく。
「なんだよ。びびってんの? 一緒に来れば、手伝ってやっても――」
「違う! 後ろ!」
本気の恐怖を浮かべて背後を指さす澄也の様子を見て、ただごとではないと察したらしい、怪訝な表情をして後ろを見るなり、健たちは飛び上がるように逃げ出した。
「逃げろ!」
「なんだあれ、やばいって……なんだあれ!」
「青いぞ。狐火? あんな大きいの見たことない!」
脱兎の勢いで逃げ出すクラスメイトの声を聞きながら、澄也は呆然とその青い火の玉を見つめていた。正確には、その奥にいる魔物を。
『許さない』
声なき声を聞いた途端、澄也の全身に鳥肌が立つ。
――怒り狂っている。
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