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第11話 魔物狩り③
「何呆けてんだ、スミヤ! お前も逃げるんだよ! あれ、狐火だぞ。あんな大きいの、焼かれたらただじゃ済まないって!」
「だめだ」
「はあ⁉」
焦ったように腕を引っ張る健に、引きつった声で澄也は告げる。
「『返せ』って言ってる」
「何をだよ!」
「命だよ!」
そう呟いた直後、青い火の玉は巨大な狐に姿を変えた。澄也や健の身の丈を優に超える巨大な狐は、赤い目を怒りに見開き、牙をむき出しにしている。その目は明らかに、健を狙っていた。
「……大物はいないんじゃなかったのかよ……」
震える声で健が言う。その顔は真っ青で、普段の威張り散らかしたいじめっ子と同じ人物だとは思えない。
「隠れていたんじゃないか。それか他の場所から移ってきたのかも。子育て中だったみたいだから」
「子どもって、まさか」
「……余計に狩ろうとするからだ」
「俺は知らなかった!」
振り下ろされる狐の腕を必死で避けて、ふたりは走る。けれど獣の俊足に、たかだか中学生になったばかりの子どもが敵うはずもなかった。
「うわっ」
木の根に足を取られた健が体勢を崩す。避けきれなかった狐の爪が、容赦なく健の背を抉っていった。飛び散った血を見て、澄也はほとんどパニックになりながら叫び声を上げる。
「健!」
「うるせえ! 逃げろ!」
「逃げない!」
拳を強く握って、澄也は健を庇うように前に出た。唸る狐の目を見つめながら、澄也は必死で舌を回す。
「許してほしい。核は返す。核さえあれば、魔物はそのうちよみがえると授業で習った。それで済むとは思わないけど、お願いだ……!」
『我が子の痛みを思い知れ。死んで詫びろ』
「償わせる。だから今は勘弁してくれないか。あんなに血が出てるんだ。本当に死んでしまう! 二度とこんなことはしないから、どうか――」
『お前は我が子を助けた。あれは我が子を傷つけた。お前は殺さない。どけ』
「健も殺さないで。お願いだ、許してやってくれ」
ぶるぶると震えながら、澄也は必死で訴える。見たこともない大きな狐は、これまで聞いたどんな魔物よりも知性のある喋り方をしていた。
もしかしたら。もしかしたら――。
いくつもの尾を持つ白い狐が、じっと澄也を見つめる。
言葉が通じる。知性がある。ならば、分かってくれるのではないか。
けれど、淡い希望は無惨に砕かれた。
澄也の背後から飛んできた一枚の札が、燃える炎となって大狐の目を焼く。狐の魔物の悲鳴と同時に、勇ましい声が後ろから聞こえて来た。
「こ、このまま死んでたまるかよ!」
「この馬鹿!」
地面に倒れたまま、健は腕だけを上げて札を投げたらしい。汚い言葉を使うべきではないと分かっていたけれど、さすがの澄也も健を罵倒せずにはいられなかった。交渉の余地があったかもしれないのに、すべて台無しだ。
「はあ⁉ このままだと喰われるだけだろうが!」
「どうにかなったかもしれないのに!」
「なるわけねえだろ! 魔物だぞ? 目ぇついてないのかよ!」
ぎゃあぎゃあと互いに言い合っているうちに、大きさを増した影が陽光を遮った。
『……死ね! ガキども!』
おどろおどろしい声は、聴くだけで心臓をぎゅっと握り潰されるかのようだった。空気を裂く音が聞こえる。声さえ発することができなくなった澄也と健は、ただ強く目を瞑り、頭をかばうように身を竦めた。
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