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第14話 魔物狩り⑥
「松っちゃんひでー!」
「スミヤ、縮こまってんじゃん」
「動画撮ろうぜ、動画」
げらげらと悪意に染まった笑い声が響く。警察に見せるという言葉だけが、澄也の頭の中をぐるぐると回っていた。白神様は澄也に優しくしてくれているだけだ。けれど、高松たちがあることないこと言い出せば、周りは誤解するかもしれない。そうでなくても、それがきっかけとなって、親にろくに食事ももらえていない澄也の状況がバレれば、家からも町からも引き離されてしまうのではないのか。
白神様から離れたくない。
じわりと心を這い上がる恐怖と焦りに、息が苦しくなる。力で押さえつけるような卑怯なやり方に屈したくなんてないのに、どうしたらいいのか分からなくて、顔を上げていられなくなった。
「早くしろよ、のろま」
「やったことねえんじゃねえの? なあスミヤくん。ちんこ掴んで、指で輪っか作って、こすればいいんだよ。簡単だろ? お前の大好きな教科書にだって載ってたじゃねえか。いつも隅っこでお勉強ばっかりしてるんだ。覚えてるだろ?」
膝を蹴られて、びくりと体が震える。反射的に顔を上げて、目に映ったものに、澄也は愕然と息を震わせた。
――これは何だ?
どす黒い魔物が、澄也を見つめていた。正確には、黒い霧のような生き物が、高松たちの体全体を飲み込むように覆っていた。澄也にとっての魔物は、話す生き物だ。言葉を発しない無機物のようなそれに、ぞっと鳥肌が立つ。
周りの生徒たちが腕を伸ばすと同時に、まとわりついた魔物は、触手のような無数の腕を澄也に向けて伸ばしてくる。
誰も何も気づかないのだろうか。
先ほどまでとは比べものにならない恐怖に、逃げられないと分かっているのに勝手に体が後ずさっていた。
「何だよ。今さらビビってんの?」
「……それ、なんだ……真っ黒な魔物が……くっついてる」
「はあ? 魔物なんてどこにもいねえだろうが」
見れば見るほど、ぞっと恐怖と嫌悪が湧き上がる。おかしなことに、澄也はその黒い霧の魔物をどこかで見たことがある気がした。他の魔物と違って一切喋らない魔物。それが何の魔物なのかは分からないけれど、ひどく恐ろしくてたまらない。
「来るな。来るな……! 触、るな!」
「何わけ分かんねえこと言ってんだよ。とっとと言うこと聞けよな」
一際大きな手が伸びてくる。澄也の目には、それは人間の手ではなく、口を開けて涎を垂らした化け物にしか見えなかった。
「嫌だ……!」
体を竦め、強く目を閉じる。その瞬間、ばりんと何かが割れる音がした。窓ガラスを割って吹き込んできた風が、立っているものすべてをなぎ倒していく。
「うわっ」
「なんだ――!」
悲鳴が上がる。
風が収まったのを確認して、おそるおそる目を開けたときには、立っているものは誰もいなくなっていた。竜巻のような突風は、澄也を押さえつけていた生徒たちを薙ぎ倒し、黒いものを根こそぎ消し去っていったらしい。
あまりに突然起きた出来事に、澄也はぽかんと口を開けて固まることしかできなかった。
壊れた窓からは差し込む夕陽が、狭いトイレを不気味な橙色に染めていた。
ばさりと羽音が聞こえる。目を向ければ、大きな白い烏が優雅に窓枠にとまっていた。
「お前、神社の……?」
いつも木の上にいるから、こんなに大きい烏だとは知らなかった。よく見れば足も三本ある。困惑しながら手を伸ばせば、白い烏は窓枠から降りてきた。けれども器用に手をかわし、澄也の肩にとまった烏は、あろうことかごすりとクチバシで澄也の額をつついてくる。
「痛っ! ……あれ……?」
目の前に星が散る。それと同時に、澄也の視界はざあっと暗くなり、身を起こしていられなくなった。
周りに倒れている人たちがいるのに、澄也まで倒れるわけにはいかない。今の今まで嫌なことをされた相手ではあるけれど、せめて誰かに知らせなければ気の毒だ。そう思うのに、不自然な眠気に抗うことができない。
床に倒れ込む寸前、優しい風がふわりと澄也の体を受け止めてくれた気がした。
『……人を顎で使いおって、糞鬼め』
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