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第18話 夢に見るもの①

 窓の外からは気合いの入ったかけ声が響き、校内には傾きかけた日がちらちらと差し込んでいる。そんな中、いつもであれば真っ先に下校しているはずの澄也は、閑散とした校舎の中をひとり歩いていた。 (財布、無事だといいけど)  人にしても魔物にしても、机を荒らす迷惑なやつらがいるから、基本的に澄也は教室に物を置いて帰らない。そんな澄也でも、うっかり置き忘れをすることはある。中身などないに等しい財布ではあるけれど、親に頼れず収入源もない澄也にしてみれば、貴重な私物だ。  慌ただしく教室の扉に手を掛ける。直後、中から聞こえてきた声に、澄也はぴたりと足を止めた。 「ん」 「ひまり、好きだよ」 「私も」  ちゅっと軽い音が響いたかと思えば、くすくすと戯れ合うような笑い声が漏れ聞こえてくる。目を逸らす暇もなかった。唇を触れ合わせるふたりの姿が、扉の隙間から目に入る。 (キスしてる)  知らない顔ではない。机に腰掛けている男子生徒はクラスメイトだし、彼の肩に手を掛けている女子生徒は、幼なじみの灰崎ひまりだ。  手を繋ぎながらひそやかに笑い合うふたりはひどく楽しそうで、幸せそうだった。その空間だけが切り離されて止まっているかのような、儚い美しさがあった。  見てはいけないものを覗いてしまった。じわじわと頬が熱くなっていく。動揺に震えた手は、うっかり扉に当たってしまう。 「え……?」  かたりと音が響いた瞬間、焦った様子でひまりが振り向いた。目が合うより先に、澄也は逃げるようにその場を走り去っていた。  * * *  頭が真っ白になった澄也の行き場所は、ひとつだけ。  壊れた鳥居をくぐり抜け、澄也はぜえぜえと息をつく。ほんのりと冷えた馴染みの空気を吸ってようやく、茹った頭が冷えた気がした。 『めがまわった!』 「ああ、ごめん……」  すっかり学校についてくることが習慣となってしまったユキが、するりと地面に降りながら不満げに鳴く。冷静に考えれば一言謝れば良かっただけで、何も走って逃げる必要などなかった。  膝に手をついて息をしていたその時、誰かと肩がぶつかった。 「あ……、すみません!」  寂れた神社に人がいるなんて珍しい。狭い道を塞いでいたことに気づいて慌てて謝るが、線の細いその女性は、澄也に気づいた様子はなかった。ぼんやりと虚ろな目をしたまま、頬を上気させた女性は鳥居の外へと消えていく。すれ違い様、たなびいた髪から嗅ぎなれた甘い香りがふわりと漂った。 (きれいな人だったな)  首を傾げながら、澄也は額の汗を拭って歩き出す。あの女性は神社の中から出てきた。白神様の客だろうか。時折きれいな人たちが出入りしている様子を見かけることがあるけれど、何をしに来ているのかは分からない。何かを届けに来てくれる人もいれば、何も持たずに来る人もいる。同じ人を二度見かけることがないから、余計に謎は深まるばかりだ。 「こんにちは、白神、さま……っ?」 「……ああ、おかえり、坊。今日は早かったね」  引き戸を開けた瞬間目に飛び込んできた光景に、澄也はぴたりと動きを止めた。  今日はどうにも間の悪い日らしい。今度は目を逸らすことも、逃げることもできなかった。 「え、うわ、あ」  襟元を寛げた白神様が、膝を立てて床に座っている。ただそれだけなのに、まとう雰囲気が普段とまったく違うのだ。腰がぞくぞくと重くなるような、見てはいけないものを見てしまったかのような色香がある。目の前の白神様の普段と違う様子に当てられて、澄也は一気に顔を真っ赤にした。

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