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第20話 夢に見るもの③
その夜、澄也は夢を見た。
澄也は教室にいた。扉の外からそっと中を伺っていたはずなのに、気が付いたら窓辺に座っていた。魔物たちの気配はするのに、何かに怯えているかのように近くには寄ってこない。
『澄也』
優しい声が澄也を呼ぶ。背にそっと伸ばされた腕の強さとあたたかさに笑みをこぼせば、愛おしむように白神様は澄也を抱きしめてくれた。
子どものころは、よくこうやって白神様に抱きしめてもらったものだ。
『試してみたいのだろう?』
こつりと額を合わせて、白神様は意地悪く言う。いけないと分かっているのに、金色の瞳から目を離すことができない。それでも澄也の口は、形ばかりの否定の言葉を口にする。
『だめだ』
『嘘つきだねえ。悪い子だ』
心を見透かされた気がして、どくりと心臓が跳ねた。それ以上の言葉はいらないと言わんばかりに、白神様の指が澄也の唇にそっと当てられる。
『知りたいならば全部教えてあげよう、愛しい子。お前の魂が穢れ切るまで、じっくりと。ほら、おいで』
甘い声に導かれるがまま、澄也は自分よりも大きな大人の体を、机の上に押し倒す。澄也の頬を両手で挟んで、白神様はふわりと微笑んだ。薄い唇からは滅多に見えない牙がこぼれ見え、赤い舌が澄也を誘うように、ちろりとひらめいた。
体が勝手に動いて、止められない。唇が重なりかける瞬間、ぞくぞくと背筋に得体の知れない感覚が走り、――飛び起きるように澄也は目を覚ました。
心臓がばくばくと脈打っていた。頰は焼けそうなほど熱かったけれど、自分が今まで何を見ていたのか悟った瞬間、ざっと血の気が引いていった。
「夢……」
(なんてもの見てるんだ)
つむじにキスをされたとき、澄也は嬉しいと同時に、ほんの少し残念にも思った。
幸せそうに唇を交わす同級生たちを見て、己が誰とああいうことをしたいと思ったかなんて、わざわざ見せられなくても分かっている。見てはいけないものを見たと思ったのは、羨ましいと思ってしまったからだ。隠そうとした汚さを自分自身に突きつけられた気がした。
(俺は清らかなんかじゃない)
混乱と自分自身への嫌悪感で、胸がぺしゃりと潰れてしまいそうだった。
澄也は白神様が大好きだ。周囲にも馴染めず、親からも見放された澄也のそばにずっといてくれた唯一のひとに、どうして心を傾けずにいられるだろう。けれど、それはこんな意味ではなかったはずだ。自分自身に裏切られた気分だった。
あのまま目覚めずにいたら、澄也は白神様に何をしていたのだろう。頭の中はぐちゃぐちゃなのに、夢で見た光景が目の奥に焼き付いて離れない。一睡もできぬまま時は過ぎ、気付けば朝を迎えていた。
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