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第21話 夢に見るもの④

 寝不足で頭ががんがんする。  泊まり込みの仕事なのか、朝になっても母は家に帰ってこなかった。それをいいことに、澄也は初めて仮病を使い、学校を休んだ。  夕方になっても、神社に行く気にはなれなかった。白神様が心配するかもしれない。現に小さな使い魔だって不思議そうに澄也を見上げている。それでも澄也は、白神様に自分の汚さを知られてしまうのが怖かった。  狭い部屋の中でユキと遊んでいたとき、不意にインターホンが鳴った。申し訳程度に身だしなみを整えてから扉を開けると、そこには思いもしなかった人物が立っていた。 「こんにちは」 「……ひまり? どうしたんだ?」  規定通りのスカート丈に、肩の高さで揃えられたさらさらの髪。昨日も見たばかりの幼なじみの名前を澄也が呼んだ瞬間、ひまりは気まずそうにぐっと顔をしかめた。子どものころこそ一緒に遊んでいたけれど、歳を取るにつれて自然と疎遠になっていた相手だ。無理もない。  どうしたのかと尋ねるより前に、ひまりは澄也にビニール袋を突きつけた。 「風邪で休んでたでしょう。忘れ物渡しに行くって言ったら、お母さんが持ってけって」 「ありがとう」  渡された袋の中には、食べやすそうなゼリー飲料とシロップ漬けの果物に加えて、よれた財布が入っていた。見覚えのある財布は、昨日持ち帰り損ねた澄也のものだ。 「昨日、それを取りに来たんじゃないの」 「え?」 「その……放課後、いたじゃん」  気まずそうに言われて、ようやく昨日のことを思い出す。夢の衝撃が強すぎていっぱいいっぱいになっていたけれど、うっかり覗き見する形になったことをひまりに謝らなければとは思っていた。あわてて澄也は頭を下げる。 「ごめん。覗くつもりじゃなかった」 「分かってる。気を遣わせてごめん。あと、からかわれるからほかの人には言わないで欲しい。今日はそれを言いにきたの。澄也、学校来てなかったから」 「言う相手もいないから、安心してほしい」 「……なんかごめん」  ただでさえぎこちなかった空気がさらに気まずいものになってしまった。顔を引きつらせながら澄也は言葉を足す。 「いや、俺が悪いから気にしないでくれ。邪魔をしてごめん。わざわざありがとう」 「何回も謝らないでいいよ。本当に真面目だよね。小さい頃からずっとそう」  小さく笑ったひまりは、何かを言い淀むように視線を足元に落とした。 「……あのさ、ついでだから言うけど、真面目過ぎると、損すると思うよ。澄也が嘘付ける性格じゃないって知ってるけど、周りと違い過ぎると叩かれる。今だってそうじゃん」  正直に言うと、驚いた。澄也の記憶が確かなら、ひまりは澄也を避けていたはずだ。ひまりだけではなく、おとなしいクラスメイトたちはみんなそうだ。クラスで浮いている澄也に好んで近寄ってくる者など、澄也に絡みたがる健たちくらいで、普通の生徒は澄也などいないもののように扱う。  何と返すべきか分からなかった。困った澄也は、頭をかきながら、「心配してくれてありがとう」と言った。 「でも、だめなんだ。俺、そういうのがうまくできない」 「そんなの簡単だよ。余計なことを言わなければいい。健に逆らわなければいい。多分、健は澄也に構ってほしいだけだよ。ちゃんと話せば――」  ひまりの言葉を遮るように澄也は首を横に振った。 「無理だよ。健たちは気の弱いやつばっかり狙っていじめようとする。目の前のやつが間違ったことをしているって分かってて、黙って見てるのは嫌なんだ」  健たちが飽きずに澄也を攻撃するのは、澄也がことあるごとに誰かを庇おうとするからだ。口を閉じれば多分、楽しくこそなくとも透明人間のような学校生活を送ることはできる。分かっていたけれど、澄也にはそれができなかった。 「なんで?」 「だって、言い返せないやつを狙っていじめるなんて、卑怯じゃないか。見て見ぬふりをするのだって同じことだ。俺は卑怯者にはなりたくない」  それは澄也なりの正義でもあったし、澄也の魂が清らかだと言ってくれた白神様を失望させたくないという一心でもあった。けれど、澄也がそう言った途端、ひまりの頬にさっと血が上る。  言い方を間違えたと気づいたときには遅かった。ひまりを責めようとしたわけではなかったのに、この言い方では平和に生きようとしているだけのひまりたちにまで喧嘩を売っているようなものだ。後悔しても、口から出た言葉は元には戻らない。ぎゅっと拳を握ったひまりは、震える声で言い捨てる。 「そう。好きにすれば? 馬鹿正直に生きたって損しかないよ。澄也が助けた人たちだって、澄也がターゲットになった途端に見ないふりしたじゃん。卑怯だろうがなんだろうが、こうするのが正解なの。これ以上いじめがひどくなっても知らないから。……じゃあね、お大事に!」 「あ、待ってくれ――!」  忠告じみた言葉を残してぱたぱたと走り降りていくひまりの背に声を掛けるが、ひまりは振り返らなかった。  ため息をついた澄也は、のそのそと布団に戻ると、渡された袋を漁った。腹が減っていたから、食料を差し入れてもらえたのは正直なところ、ありがたい。 「……まずい」  白神様が与えてくれるものとは全く違う、薬っぽい味が吐き気を誘う。顔をしかめながらなんとか一本飲み干すころには、日はすっかりと落ちていた。

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