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第22話 夢に見るもの⑤

 一日引きこもってみたところで気分は塞がる一方だった。第一、目の前にあるものを見ないふりをするのは澄也の性に合わない。  結論、罪悪感があるならば当人に打ち明けてしまえばいい。澄也は澄也の神様に正直に告解することにした。 「夢に白神様が出てきた」 「は?」  神社の小屋の扉を開けると同時に、澄也は堂々と言い放った。笑い飛ばしてもらえたら、それでこの件は終わりだ。呆気に取られたかのように澄也をまじまじと見たかと思うと、白神様はため息をつきながら中へと迎え入れてくれる。 「言葉を惜しむものではないよ。私だって心が読めるわけじゃないんだから、悩みがあるならきちんと順番に言いなさい。昨日は顔を見せなかったから、風邪でも引いたのかと思っていたよ」 「ごめん」     心配をかけた申し訳のなさと、心配してもらえた嬉しさが、同時に澄也の胸に湧き上がった。けれどそれらの感情も、白神様の顔を見た途端に罪悪感に上塗りされる。 「ごめんなさい、白神様」 「何を謝っているんだい。夢と言ったね。やましい夢でも見たの?」  ぐっと言葉に詰まる。面白がるように目を見開いたかと思うと、白神様は「嘘だろう。本当に?」と笑い出した。 「言ってごらん。どんな夢?」 「…………キス」  笑い飛ばして欲しいと思ったのは澄也だが、実際に笑われると言いようのない悔しさが湧いてくるのはなぜなのだろう。呻くようになんとか二文字の言葉をひねり出せば、いよいよ白神様は目を輝かせ始めた。 「話をしたから夢に見たって? 素直にもほどがあるだろう! まさか、たったそれだけのことでそんな隈を作っているのかい。だから昨日も来なかったって?」  「俺にとっては『それだけ』のことじゃないんだよ! 顔を見るのが怖かったの!」 「毎日会っているくせに、今さら何が怖いというんだか」  自分自身が何を考えているのか分からないから怖くて、それで何かが変わってしまうのが嫌なのだ。伝えたいことをうまく言葉にすることはできなかったけれど、言わずともお見通しだとばかりに、白神様はにやりと唇の端をつり上げた。   「夢で何を見ようが気にすることはないのに。ヒトの目には私は美しくうつるだろう。欲を刺激されたとしても、無理もない。ましてお前のような何も知らない子どもが私のような存在と近しく過ごしていれば、性の目覚めが私相手になっても当然だ」 「せっ」  だれもそんなことまで言っていない。焦るあまり澄也は口の中を噛みかけた。白神様の言ったことは、ともすれば傲慢にも聞こえる言葉だったが、あまりに当然のことのように言われたからか、嫌味には聞こえなかった。 「い、嫌じゃないの」 「何が?」 「俺、白神様のことをおかしな風に見ているのかもしれないのに」 「何もおかしくはない。私は嫌ではないよ。好いていない者から欲を向けられれば不快だと言う者は多いだろうし、性的な目で見ていると告げるのは、心を交わしたものだけにした方がいいとは思うけどね」  無遠慮に腕が伸びてくる。犬猫を抱え込むように澄也の頭を抱き込んだかと思うと、白神様はうりうりと澄也の頭に顎を乗せてきた。引かれるのは嫌だけれど、まるきり気にしてもらえないのもそれはそれでどうなのか。複雑な気分だった。 「坊は本当にうぶだねえ。だから会いに来なかったのかい」 「……だって、汚い。こんなの」 「汚くないよ。好いたものに触れたいと願って何が悪い? まさか思うだけで罪になるとは言わないだろう?」 「分からない」 「分からないなら、私の言うことを聞けばいい」   くすりと耳元で響いた吐息に、澄也はびくりと体を揺らした。   「坊は、頭を撫でられるのは嫌い?」 「……嫌いじゃない」  本音を言えば、白神様の撫で方は決してうまくはない。髪は乱れるし力加減が下手で首まで揺れる。ユキが嫌がるのがその証拠だ。それでも澄也は、白神様に撫でられることが好きだった。記憶にある限り、澄也を撫でてくれたひとは白神様だけだ。 「嫌いじゃないだって? 生意気な言い方だ」    咎めるようにくしゃりと乱暴に頭を撫でられて、澄也はしぶしぶ言い換えた。   「好き」 「素直でよろしい」    わしゃわしゃと髪をかき回されて、さすがに澄也は照れくさくなった。距離が近いのはいつものことだが、抱きしめられているような体勢はさすがに恥ずかしい。白神様の手から逃げるように距離を取れば、白神様は肩をすくめて言葉を続けた。   「同じことだと思うけどね。撫でたい。撫でられたい。手に触れたい。口付けたい。肌を重ねたい。体温を感じたい。もちろん無理やりするようなことでは決してないけれど、気持ちのいいことは素敵なことだよ。心を交わして肌に触れ合うというのは、汚いものではない。幸せなことだ」  その言葉に、教室で抱き合っていたふたりのクラスメイトのことを思い出す。手を握り合って唇を重ねるひまりたちは、とても幸せそうだった。汚いどころか、きれいな光景だと澄也は感じたはずだ。 「そういうものか」 「そういうものだよ。健全に体も心も育っている証だろう。受け入れておやり」 「……うん」  気恥ずかしさは消えないけれど、じくじくと澄也を苛んでいた罪悪感は軽くなった気がした。澄也の神様はいつだって答えをくれる。ありがとう、とはにかみながら告げた言葉には、感情の読めない美しい笑みだけが返された。 「そういえば、最近なんだか膝が痛いんだ。なんでだろう」 「さあ。坊が来る来るといってはいつも来ない成長期じゃないのかい」  どうでもよさそうに返された言葉を聞いて、澄也は一気に機嫌を良くした。  白神様は面白くなさそうな顔をしていたけれど、澄也の待ち望んだ成長期は事実訪れて、中学を卒業するころには二十cm近く澄也は背を伸ばすことになったのだった。

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