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第26話 これは恋かと問いかける④
植木鉢に肥料を入れる。植えたい苗もここにある。
さて、ここからどうすればいいのだろう。
澄也が一から育てた植物といったら朝顔くらいのものである。おまけにあれは苗ではなくて種だった。白神様の畑の手伝いをしているとは言え、これは初めての挑戦だ。とりあえず穴を掘って埋めればいいのだろうか。首を傾げていると、疲れたようなため息が背後から聞こえてきた。
「……ねえ。それまさか桃の木じゃないよね」
後ろで花の水やりをしていたひまりが、引きつった顔で澄也の手元を見つめていた。
「残念だけど違う」
「何持ってきたの」
「ブルーベリー。植えるタイプの木はダメだって言われたから、鉢植えでできるものをもらってきたんだ」
「……一応聞くけど、育てたことある?」
「ない」
「だろうね」
ひまりはなんとも言いがたい顔をした。そこまでおかしなことをしただろうか。
半年遅れで入部届けを出した園芸部は、とにかく静かな部活だった。各学年に三、四人しか部員がいないこともあって、のんびりとした雰囲気が漂っている。たまに花に水やりをして、掃除をして、それぞれがそれぞれの育てたいものを育てるだけの、居心地の良い場所だ。
自然、ひまりとも会話を交わす機会が増えていた。子どものころのようにとはいかずとも、幼なじみとまた気を張らずに話せるようになったことが、澄也は単純に嬉しかった。
ぴっと植木鉢を指さして、見かねたようにひまりは指摘する。
「明らかにサイズ合ってないじゃん、その鉢。植物って育つんだよ? 今ぴったりでどうするの。しかも下から土漏れてきてるし。倉庫にもう一回り大きな鉢があるから、持ってきなよ。底石も入れた方がいいよ」
「教えてくれるのか。ありがとう、ひまり」
「本気でやってたの? ツッコミ待ちなのかと思ってたよ」
倉庫の位置が分からないと言えば、面倒臭そうにひまりは澄也を案内してくれた。体育倉庫のすぐ隣にある小さな小屋が、文化系の部活に与えられている物置きなのだという。
「鍵は職員室にあるはずだから――」
倉庫を指さしながらひまりが振り向いたそのとき、澄也の視界に黒い影が飛び込んできた。
「危ない!」
「え、わっ」
反射的にひまりの腕をつかみ、抱き寄せる。同時に、ぶわりと尻尾を膨らませたユキが陰から飛び出し、何かを威嚇するように声を上げた。一秒と経たないうちに、つい一瞬前までひまりのいた場所に植木鉢が勢いよく落ちてくる。
「――ごめんなさい! 大丈夫ですか! なんか、急に風が吹いて」
三階の窓から身を乗り出した学生に、手を振って無事を示す。遠目にも真っ青になった学生の背後に、けたけたと笑う小さな魔物が見えた。澄也が言いつけるより前に、意気揚々とユキが走り出す。意外にも好戦的な使い魔は、はた迷惑な魔物を追い払ってくれるつもりなのだろう。
「あの、澄也」
もごもごと胸元から細い声が聞こえてくる。慌てて澄也はひまりの腕をはなした。咄嗟だったから、力加減をせずに掴んでしまった。
「ごめん。腕、痕になってないといいんだけど」
「いいよ。助けてくれてありがとう」
ぱっと距離を取りながら、ひまりは目を泳がせていた。よく見なくても頬が赤い。
「意外だな。普段あんなにぼけっとしてるくせに、力、強いんだ」
「ああ、よくあることだから。いざというときに何とかできるように鍛えるようにしてるんだ」
「よくある?」
「昔から魔物にはよく狙われるんだ。巻き込んでごめん。怖かったよな」
「別に。びっくりしただけ」
澄也より頭一つ以上小さな体は、茶化すような口調に反して震えていた。普段と違うその様子に、ひまりが急に弱弱しく見えて、不思議な気分になる。
壊れた植木鉢をそのままにしておくわけにもいかないからとふたりでしゃがみ込み、破片を集める。そのとき、ふと影が差した。見上げれば、なんとも言いがたい顔をした健が立っている。
顔を見るのは久しぶりだ。高校に上がって、健とはクラスが変わった。廊下で見かけることはあっても、これまでのように嫌な絡まれ方をする機会はぐんと減っていた。
「随分仲がいいのな」
「え?」
ぽかん、と口を開けた澄也を庇うように、ひまりはにこりと笑って口を開いた。
「同じ部活だからね」
「スミヤ、前まで部活なんて入ってなかったくせに。……付き合ってんの?」
「……?」
どうしたらそんな発想になるのか理解できず、澄也は何も言えなかった。澄也が固まっている間にも、ひまりと健は喋り続ける。
「どう思う?」
「この嘘つきとわざわざ付き合うなんて、趣味悪ぃ」
「嘘つきなんかじゃないって知ってるくせに。健もいい加減そういうのやめたら? 格好悪いよ」
ひまりが言うと同時に、健はかっと頬に血を上らせて、足を踏み出した。
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