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第31話 秋祭り①
付き合うと言っても、澄也とひまりの関係に、特に大きな変化があったわけではなかった。強いて言えば時折一緒に帰るようになったくらいだ。それは恋人というよりは、友達と呼ぶ方がしっくりときた。
ひまりから休日の誘いを受けたのは、しばらくそんな関係を続けた後のことだった。
「祭り? こんな時期に?」
ブルーベリーの手入れをしながら、澄也はひまりに聞き返した。構い過ぎてもいけないとは分かっているものの、植えた苗が順調に育ってくれるようにと、毎日見ずにはいられない。
「秋祭りだよ。裏山のふもとで毎年やってるやつ。行ったことない?」
「ない」
ひかえめな花火が上がることは知っていたが、祭りが開かれているとは知らなかった。
「来週にその祭りがあるから、園芸部のみんなで行かないかって話してたの。澄也も一緒に行かない? ユキちゃんも」
『いく!』
ひまりに撫でられて、ユキは嬉しそうに鳴き声を上げた。
いい加減ごまかしきれないので学校に届け出を出したところ、特に問題になることもなくあっさりとユキは霊獣に認定された。整った真っ白な毛並みと、いかにも無害な見た目のせいもあるだろうが、誰もユキが魔物だとは疑わない。呼び名が違うだけだと言った白神様の言葉はきっと正しかったのだろう。唯一ユキの正体を知っている健だけは、すれ違うたび顔を引きつらせているけれど、周りに言う様子はなかった。
すっかりと日常に紛れ込んだユキを抱き上げながら、澄也は口ごもる。
「俺は……」
興味はある。澄也は祭りというものに一度も行ったことがなかった。
けれど澄也には自由にできる金がない。悲しいことに校則でアルバイトは禁止されているし、小遣いというものには一度足りとも縁がなかった。
歯切れの悪い返事を聞いて、ひまりはすぐに澄也の悩みを察したらしい。声を潜めて、ひまりはそっと問いかける。
「お金のこと?」
「……うん」
「別にそれくらい奢るよ……って言いたいところだけど、そういうのは嫌だよね」
頷く澄也を見て、ひまりは考え込むように唇に手を当てた。ややあって何かを思いついたのか、ひまりはリスのような大きな瞳をきらめかせた。
「そうだ。うちで手伝いしたらどうかな?」
「ひまりのうちって……たしか、花屋だったか?」
ひまりが園芸部に入ったのは、家の仕事に興味があったからだと聞いたことがある。そのことを思い出しながら聞けば、誇らしげにひまりは頷いた。
「うん。いつも来てくれてるアルバイトさんが骨折しちゃったらしくて、週末だけでも手が欲しいって母さんが言ってたから。ちょうどいいでしょ」
「バイトは校則で禁止されてる」
「バイトじゃなくてお手伝い。スミヤは友だちの家の仕事のお手伝いをして、お礼にお小遣いをもらうだけ」
言い方が違うだけで、それは実際には同じことだ。そうは思ったが、澄也が口を挟む間もなくひまりは手際よくどこかに連絡を入れてしまった。
「……お母さんもいいって。決まりだね。澄也、週末は何か予定ある?」
「いや、ない」
「じゃあ今週の土日に来てくれる? 私の家の場所、覚えてるよね?」
頷く。小さいころ、遊びに行ったことが何度かある。
「土日手伝ってくれればお祭りで食べ歩きする分くらいはもらえるはずだから、それで来週一緒にお祭りに行こう。きっと楽しいよ」
ひまりにしては強引な進め方だった。にこりと笑うひまりの顔は、どこかいたずらっけを含んでいる。
ああそうだと懐かしく思う。ひまりは昔からこういう人だった。健が行きたいと言い出せば仕方ないと付き合って、魔物の声が怖いから嫌だと澄也が言えば、首を傾げながらも道を変えてくれる、そんな子どもだった。今だってきっと、行きたくても行くとは気軽に言えなかった澄也を気遣ってくれたのだろう。
(健もここにいたら、本当に昔に戻ったみたいになるのに)
ふと、そんなことを思った。小学校と中学校の間、健が澄也にしてきたことを忘れたわけではない。今さら昔のように戻れるとも思っていない。ただ懐かしくなっただけだ。
ブルーベリーの木にとまったとんぼを眺めつつ、澄也はそっと思いを馳せた。
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