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第32話 秋祭り②
「白神様、この山でお祭りやるって知ってた?」
白神様と一緒に花火を見たことはあるけれど、近所で祭りをやっているとは知らなかった。驚きを共有したくて澄也は神社に足を運ぶなりそう尋ねたけれど、意外にも白神様は驚かなかった。
何やら繕いものらしきものをしている白神様は、顔を上げずに「ああ、秋になるとやっているねえ」と答える。拍子抜けしつつ、澄也は近くに座り込んだ。
「なんだ。知ってたなら教えてくれれば良かったのに」
「坊が行きたがると知っていたら教えていたんだけどね。人の集まる場には悪意も集まるから、てっきり好まないかと思っていたんだ。祭りが好きなら、連れて行ってやればよかったねえ」
「行ったことがないから、好きかどうか分からない。でも、来週ひまりたちと行くことになったんだ」
「ふうん」
「週末にひまりの家で少しだけ手伝いをさせてもらうことになった。だからここには夕方だけ来るよ」
そう告げた途端、白神様は針と布を置いた。どこか不機嫌そうな顔で澄也の頭を掴んだ白神様は、わしゃわしゃと犬でも洗うかのように澄也の髪を乱していく。
「やめて、白神様」
「……小遣いくらい、あの小娘に頼らなくてもいくらでもあげるのに」
「いらないよ!」
『ユキはいる。ちょうだい、しろいの』
「毛玉には言っていないよ」
白神様と睨み合うユキを撫でて宥めつつ、澄也は苦笑しながら口を開く。
「本当なら毎日ご飯をもらってるだけでも甘えすぎてるんだ。もう十分すぎるよ。これ以上甘えたら俺、白神様がいないと生きていけなくなる。それは良くないことだ」
「良いことだよ。甘えておくれ。私は坊を甘やかすのが好きなんだ。小遣いでも物でも、お前が望むなら何だって――」
カア、と一際良く通る烏の声が白神様の言葉を遮った。随分近くから聞こえると思えば、窓の外にあの三本足の大烏がとまっていた。
『見苦しいぞ』
鋭い目で白神様を見据え、烏はカアカアとどこか馬鹿にするように鳴いている。無口だったはずの白い烏は、白神様が怖い顔をした日から、よく話すようになった。
「見苦しい? 何がだ?」
『おじじが言ってた。しろいのはスミヤにみつごうとしてみっともないって』
「やかましい小言だよ。坊は聞かなくていい」
左右から同時に話されても聞き取れない。ぐいぐいと鼻先を押し付けてくるユキと、耳を塞ごうとする白神様の手の両方を払いのけつつ、澄也は床に置かれた布地に視線を落とした。
「そういえばそれ、何を縫ってるの?」
「うん? 着物だよ。坊には少し長いだろうから、丈を詰めているんだ」
そう言うと、白神様は仕立ての良い着物をそっと広げて見せてくれた。落ち着いた紺色の着物は、浴衣によく似ている。
「白神様の?」
「まあ、そうだね」
「何かに使うの?」
「坊にどうかと思ってね。祭りに行くならちょうどいい。着流しとして着ておいき」
にこにこと笑って白神様は言う。じわりと胸に湧き上がった喜びに気を取られていた澄也は、祭りに行くと伝える前から着物が準備されている違和感には気づかない。
「着飾ったお前はさぞ精悍な美男子になるだろうねえ。楽しい思い出を作ってくると良い」
「ありがとう、白神様。こういう和服、着るのは初めてだ」
にへりと笑み崩れて澄也は言う。普段白神様が着ているものとは形こそ違うけれど、同じ和服には違いない。白神様に近づける気がして、少し嬉しかった。
布地に触れる澄也を横目に、使い魔は白神様の肩に飛び乗って何やら詰め寄っている。
『ユキのは?』
「あるわけあるか。獣は毛皮で十分だ」
『やだ。ほしい』
表情と声のトーンこそ険悪だが、毎日のように似たやり取りをしているのだからこのふたりもそれなりに仲がいいのだろう。ほしいほしいとしつこくまとわりつくユキに髪を乱され、白神様は鬱陶しそうに布の切れ端をあげている。澄也にくれた着物と揃いの色の布だから、あれを尻尾か首あたりに巻いてあげればユキも喜ぶことだろう。
そこまで考えて、どうせなら、と澄也は目を輝かせた。
「白神様も行かないか? 俺、白神様と花火を見たい。いつもみたいに」
軽く目を見開いた白神様は、しかしゆるゆると首を横に振った。
「部活の者たちと行くのだろう? 楽しんでおいで。私はここから見ているから」
「俺は白神様と一緒に見たい。白神様が来てくれないなら、途中で帰る」
使い魔の真似をしてぼそりとわがままを言えば、くすくすと白神様は笑い出した。さすがに子どもっぽかっただろうか。後悔しかけて、澄也ははっと思い出す。白神様も澄也と同じで、行きたくても行けないのかもしれない。
「あ……神社の外には出られないんだっけ。ごめん」
「何を謝っているんだい。裏山ならここの敷地の中だ。動こうと思えば動けるよ。一応ね」
返ってきた言葉に、ほっと胸を撫でおろす。
「じゃあ来てくれるか?」
「どうしようねえ」
澄也は期待を込めてじっと白神様を見つめた。けれど白神様は袖で口元を隠して笑うばかりで、適当な返事しかくれない。
「白神様!」
焦れて詰めよれば、白神様は肩をすくめてようやく真面目に答えてくれた。
「仕方のない子だねえ。考えておこう」
「口だけにしないでくれよ」
「前向きに検討するよ」
「それ、断る時の常套句。俺が教えたやつ!」
「そうだった? ああほら、そんな顔をしていると、眉間に皺のあとがついてしまうよ。……さあ、一度丈を見てみようか。おいで」
ごまかされたとは思ったけれど、澄也はそれ以上の誘いを口にはしなかった。いくらねだったところで、気が乗らない限り、白神様はきっと来てくれない。自分勝手な神様は、いつだって自分の心に正直なのだ。
あててもらった見慣れぬ布地は柔らかくて、ほっとする香りがした。
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