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第38話 秋祭り⑧

 祭りの翌日、澄也とひまりはいつも通り、背中合わせになる形で各々の植物の世話をしていた。 「……昨日はごめんね。あの後、体調は大丈夫だった?」  ぽつりとひまりが呟いた。中腰になって葉の様子を見ていた澄也は、苦笑しながら振り返る。 「謝ることなんてない。俺もユキも元気だよ」  な? と隣で穴を掘って遊んでいるユキに声を掛ければ、首を傾げながらもユキはかわいらしく鳴いて応えてくれる。その無邪気な様子につられるように、ひまりはぎこちなく笑みを浮かべた。 「よかった」 「ひまりは? 言いたいことは言えたのか?」  澄也がそう尋ねた途端に、ひまりは顔を赤くして目を泳がせた。その表情を見るだけで、結果はいいものだったのだろうと想像がつく。見ているだけでなんだか嬉しくなって、澄也は頬を緩ませた。 「よかったな」 「うん。……今さらだって思ったけど、全部言ってみたの。別れようって言ったとき、本当はそんなこと言いたくなかったんだって、ちゃんと伝えた。高校に入ってからもずっと忘れられなくて、だから、難しいかもしれないけど遠距離でもう一度付き合ってもらえないかって……。そうしたら、蓮くんも同じ気持ちだったって言ってくれた」  はにかみながら、ひまりはぼそぼそと会話の顛末を教えてくれた。言葉の端々に喜びを滲ませながら、ひまりは照れたように笑う。 「ありがとね、澄也。あのとき行けって言ってくれて」 「どういたしまして。役に立てたならよかった」  にこにこと笑って返せば、ひまりはなぜか顔を曇らせた。 「……謝らなきゃいけないことがあるの」 「何だ?」  心当たりは特にない。首を傾げれば、言いにくそうにひまりは目を伏せた。 「その――」  周囲を伺う様子に、珍しく澄也はぴんときた。 「ああ! 気にしなくていいのに。別れようか。いや、その言い方もなんだか変な気がするけど」 「……こんな場所で言う?」 「聞かれてまずいことは何もしてない。それとも俺、また空気が読めてなかったか?」  ごく軽く言った澄也をぽかんと見た後で、ひまりはそっと苦笑した。 「私の気持ちは読んでくれてるけど、周りの空気は読めてないかな。でも澄也だからいいよ、それで」  いきなり別れ話を始めたふたりを気遣ったのか、話している間にもそそくさと周りの部員たちが離れていく。元から気持ちのある恋人関係ではないのだから気を遣われるようなことは何もないのだが、まあいいかと澄也は話を続けた。 「中学の時さ、俺、ひまりと蓮くんがふたりでいるところを見て、きれいだと思ったんだ」 「きれいって?」 「ふたりとも幸せそうで、楽しそうで、きらきらして見えたんだよ。憧れたのかもしれない。だからふたりがまた元通りの関係になってくれて、自分のことじゃないのに嬉しいんだ。『正しく』ない関係はこれで終わりにしよう」 「うん。……ごめんね、澄也。自分がつらかったからって私、勝手に言い出して、結局自分の都合で澄也を振り回して、勝手に終わりにした」  澄也の目をまっすぐに見つめて、ひまりは苦しそうに謝った。頭を下げようとするひまりを、あわてて澄也は両手で止める。 「いいんだ。ひまりが自分の都合って言うなら、俺だって自分の都合だよ。お互い様だ。それに俺、こういう形だったけどひまりと付き合えてよかったと思ってるんだ」  ひまりの『恋』を間近で見ていたから、澄也は自分の気持ちの正体を考えることができた。白神様の見たことのない表情を見ることができたのだって、ある意味ではひまりのおかげだ。澄也がひまりに礼を言う理由はあっても、謝られる理由など何もない。  わたわたとあわてる澄也を見て気持ちを察してくれたのか、ひまりは一度目を伏せた後で、茶化すようにわざとらしく頬に手を当てた。 「なあに? 全然そんな素振りなかったのに、実は私のこと好きになってくれてたの、澄也?」 「いや。それは別に」 「はっきり言うよね」  じとりと見上げてくるひまりの顔が面白くて笑えば、余計に視線が冷たくなった。先ほどまでの苦しそうな表情が和らいだことにほっとしながら、澄也は笑って言葉を足す。 「友だちとしては好きだよ。あ、いや、友だちにはなってないか。ごめん」 「なろうって言ってなるものじゃないでしょ。ちなみに男女の友情って成立しないらしいけど」 「また『みんな』がそう言ったのか?」  思わず口を挟めば、ひまりは盛大に顔をしかめて唇をへの字に曲げた。 「嫌味が上手になったね。そうだよ。でも私、そうは思わないの。みんなが言ってたからって、それが絶対正しいわけじゃないんでしょ。……だからつまり、そういうこと!」 「どういうことだ?」  照れたように早口で言うひまりに聞き返せば、ひまりはぼそりと「友だちってこと」と囁くように言った。その一言が無性に嬉しくて、澄也はそっと笑みを浮かべる。 「ありがとう、ひまり」 「お礼を言われるようなこと、何もしてないよ。だから澄也が困ったときには頼ってよ。私、今回は澄也にお世話になったからさ。今度は私が澄也の背中を押してあげる」  真摯なひまりの気持ちが嬉しかった。ほんの少し迷った後で、澄也はひまりを近くに手招いた。 「ひまりに聞いてみたいことがある」  顔を寄せ合ってそう囁く。澄也が相談できる相手は多くない。その限られた相手の中でも、きっとこの質問はひまりにするのがぴったりだと思った。ユキや白神様に聞いたところで、きっと答えは返ってこない。   「何?」 「前に頭から離れないひとがいるって言ったとき、それは恋だってひまりは言っただろ?」 「言ったね」 「考えたんだけど、やっぱりこれが恋だとは思えないんだ。恋じゃなくても、好きで、欲しくて、頭から離れないことってあると思うか」   ぱちぱちとまばたきをして、大きな瞳をくるりと回した後で、ひまりはこくりと頷いた。 「あるんじゃないかな。どきどきしたら恋で、もっと知りたい、自分だけを見てほしいって思ったら恋じゃないのって言いたいところだけど……別に絶対そうじゃなきゃいけないってこともないだろうし。澄也が恋じゃないって思うならそうなんじゃない?」 「そういうものか」 「無意識にそのひとのことを考えちゃうとか、相手に何かして欲しいって思うなら、恋っぽい何かって呼べばいいんじゃないかな」 「ひまりの恋とは全然違うのに、これも恋でいいのか?」 「人によるでしょ。澄也の気持ちは澄也にしか分からないよ。恋でも恋じゃなくても、そのひとのことが好きならそれだけでいいじゃん」  花壇の縁石に腰を下ろして、「ちなみに」と好奇心たっぷりにひまりは口を開く。 「どんな人?」 「人間じゃない」 「えっ?」  澄也の言葉に呆気に取られたように、ひまりはぽかんと口を開けた。そんなひまりの様子に構わず、澄也は白神様のことを思い出しながらつらつらと語る。思えば誰かに聞いてもらうのは初めてのことかもしれない。 「怖いくらいきれいな年上のひとだ。髪が光に透き通るくらいきれいで、食べ物よりも血が好きで、気まぐれですぐにからかってくるけど、誰より優しい魅力的なひと」  なぜかユキまでもが遊びの手を止めてぽかんと澄也を見上げてくる。 「からかわれると腹が立つのに、振り回されるのは自分だけだと思うと悪い気がしない。俺はあのひととずっと一緒にいたいんだ。だからいつか捨てられるんじゃないかって怖くてたまらない。離れるくらいなら殺してほしいって思うくらい、大好きなんだ」

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