夏に足を踏み入れかけたこの季節、晴れた朝の太陽は目に沁みる。一年かけてすくすくと育ったブルーベリーの若木は、少ないながらも緑の小さな花をつけていた。中には根元が無事に膨らみ始めたものもある。これなら実もなるかもしれない。 　日に日に膨らんでいく実を今日も確かめて、満足した澄也は立ちあがろうとした。その瞬間、目の前がくらりと暗くなる。 （またか） 　ここのところめまいが多い。数日に一度の頻度でめまいを起こすようになったかと思えば、今や日に何度も視界が回るようになっていた。澄也がふらついたことに気づいたのか、隣で水やりをしていたひまりが心配そうに顔を上げる。 「大丈夫？」 「平気。なんかちょっと、ふわっときただけ」 「試験が近いからって無理してるんじゃないの？　最近、顔色悪いよ。ご飯ちゃんと食べてる？」 　三年の夏には、この学校独特の行事がある。通称卒業試験と呼ばれるそれは、校外にふたり一組となって派遣され、指定の魔物がらみの事件を探る、退魔術の試験のひとつだった。 　卒業試験とは名ばかりで、失敗したところで卒業に影響はない。けれど、異能がらみの進路を狙う学生にとっては重要な試験でもあった。 　退魔師はこの町では少なくない学生が目指す進路であるが、澄也もまたその例に漏れない。そのまま職につくにしろ、専門の大学に行くにしろ、通常の大学を目指すより学費がかなり浮くのが魅力的だ。他の試験よりも気合いが入るのは事実である。 　けれど、と額を抑えながら澄也は首を横に振った。たしかに勉強やユキとの訓練に時間を使ってはいるが、睡眠時間は削っていない。 「無理はしてない。三食きっちり食べてるよ」 「そう。じゃあ、熱中症とか……？」 「そこまで暑くないんじゃないか」 「分からないよ。湿度が高いと良くないとかって聞くもん。今日は早めに終わらせよう」 　額に浮かんだ汗を拭いながら、ひまりは澄也を追い立てるように、てきぱきと日課の水やりを終わらせた。 　熱中症ではないとひまりには言ったけれど、もしかしたら本当にそうだったのかもしれない。そう思い始めたのは、昼食を挟んだ退魔術の授業の時間のことだった。空の頂点に太陽が居座っているせいで、グラウンドには日陰のひとつもない。さらに悪いことに、隣のクラスと合同で行う大きな課題であることもあって、普段よりも負担が大きかった。 　気分が悪いと思ったときにはもう遅く、昼前に感じたものよりきついめまいが澄也を襲う。 　座らなければ、頭から倒れる。そうは思っても体が言うことを聞かない。 『スミヤ！』 　慌てたユキが声を上げる。大丈夫だからと答えることもできずにぐらりと大きくバランスを崩したそのとき、澄也の腕を掴んで支えてくれた人がいた。澄也が立てないと見るや、肩を支えてゆっくりと地面に座らせてくれる。 　掠れた目を凝らす。教師を呼び、保健室に連れて行くとぶっきらぼうに申し出た親切な学生は、ひどく複雑な顔をしていた。 　肩を借り、連れて行ってもらった先の保健室のベッドに寝かせてもらいながら、澄也はじっとその学生の顔を見上げた。 「ありがとう、健」 　むっすりと唇を引き結んだ健は、これ以上なく複雑そうな顔で澄也を見下ろしていた。