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第46話 一歩進めば戻れない⑦

 舌をとろりと絡められ、頭がふわふわとするような優しく深いキスを贈られる。見えない力を注ぎ込まれているのだと、言葉にされなくても分かった。何度も何度も角度を変えて舌を舐られるたび、体が軽くなっていく。先ほどまでの気分の悪さが嘘のように、体に力が漲っていた。 「あたたかい。白神様、これは何?」 「まじないだよ。お前が元気になるように」  柔らかな声音に、気恥ずかしさとくすぐったさを同時に感じる。甘い声が耳に絡みついて、心地よかった。思考がどんどんとまとまらなくなっていく。 「澄也。お前の体を変えようか」 「変える? 何に?」  名を呼ばれ、愛おしむように頬を撫でられる。どうしようもなく幸せで、頭が回らない。 「私たちの側に近づけて、ほんの少しだけ丈夫にするだけさ。大丈夫。お前には益しかない。風邪だって引かなくなる。怪我をしたってすぐ治る。ほんの少しヒトから遠ざかってしまうけれど、こうやって触れ合っても、お前が弱ることはなくなるよ」  益しかないことなどあり得ないと、いくら澄也だって知っている。けれど口を挟む間もなく、うたうように白神様は続けた。 「そうしよう。もっと早くこうしておけば良かった。そうすれば何も心配しなくても良くなる」 「俺は人間だよ。人間じゃないものにはなれない」 「知っているとも。だから少し変えるだけ」 「……よく分からないけど、そうすれば、白神様とずっと一緒にいられるのか?」 「ああ。お前の魂が穢れる日まで、ずうっと一緒だよ」  魂と心は違うのだろうか。澄也にはよく分からない。澄也の心は清らかではない。怒ることだってあるし、欲だってあるし、いけないことだと分かっていても感情を優先してしまうことだってある。  今もそうだ。  頷いてはいけない類の誘いだと分かっているのに、頷かずにはいられない。   「澄也。お前を変えてしまってもいい?」    きらきらと瞳を輝かせて、白神様はそう言った。問いかけの形を取っていても、その実それは決定事項だ。自分勝手な白神様がひとりで決めて、澄也を言いくるめようとしているだけだ。分かっていたけれど、それでも良かった。  もともと澄也には他の人には聞こえない魔物の声が聞こえるし、周りに馴染んで生きることがうまくできない。だから多少人間から外れたところで、今さらだ。白神様が喜んでくれるならそれでいい。  手を伸ばし、美しい神様の両頬に触れる。触れるだけのキスをして、澄也は微笑んだ。 「何をしてもいいって、前にも言った」 「そうだね。そうだった」  うっそりと牙をむき出して微笑むその顔は、恐ろしいほど美しかった。どれだけ人間に近く見えても、決して人間ではないのだとひと目で分かる。  するりと白神様の手が澄也の首を撫でる。同時にごく近くでぷつりと音がしたかと思えば、白神様の唇から一筋の血が伝っていた。 「白神様、血が」 「大丈夫。少し痛むかもしれないけれど、すぐに終わるからね」 「え? あ、が……っ!」    どういう意味だと問う間もなく、白神様の手が首を掴んだ。  途端に息ができなくなるほどの苦痛が澄也を襲った。

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