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第55話 朝まで一緒にいたかった②
ブルーベリーの収穫を終えるころには、太陽はちょうど真上に昇っていた。特に学校に用事もなかった澄也は、早々に帰路につく。向かう先は寝るためだけの家ではなく、神社だった。夏休みに入ったら泊まっていいと言われていたから、泊まるならブルーベリーが食べごろになったときにしようと決めていたのだ。
『おじじ、きょうもいないね』
鳥居をくぐるや否や、一番高い木を見上げて、残念そうにユキが呟いた。
「そうだな」
『しろいのがいじめたのかな』
あいつは意地悪だから、と唸る使い魔を撫でながら、澄也はそっと目を伏せた。
「……ユキも白神様が嫌いか?」
『ユキはしろいのがきらい。でもしろいのの作るごはんはすき』
「そうか。……なあユキ、……」
口を開きかけて、うまく言葉にできずに澄也はそのまま言葉を呑み込んだ。そんな澄也をじっと見つめたユキは、鼻先を近づけるとぺろりと澄也の頬を舐めた。
『スミヤ、こわいの? あのニンゲンのせい? それともこの間のおハゲがこわいの?』
「水無川さんな。ハゲって言うんじゃない」
『だいじょうぶ。ユキがいる。しろいのもいる』
嫌いだと言う割には、ユキは当たり前のように白神様を頼る。言葉とは裏腹にしっかりと懐いているとしか思えなくて、少しだけおかしくなった。
「そうだな。白神様は俺たちを守ってくれる。……でも、もし白神様が俺たちを食べようとしたら、ユキはどうする?」
『かじる。あいつは固いから、だめなら腹からくいやぶっておしおきする』
「物騒だな」
『ユキはおとなだから、あやまったら許してやってもいい』
「……ユキは、食べられる前に逃げようとは言わないんだな」
『だって、ユキはしろいのがきらいだけど、スミヤはしろいのがすきだから。スミヤがしたくないことをユキはしない。ユキはりっぱな使い魔だから、だいじょうぶ。お腹の中でもユキがスミヤをまもってあげる』
ユキは胸を張って自信満々にそう言った。柔らかくあたたかい体を抱きしめて、澄也は苦笑する。
「ありがとうな」
『? へんなスミヤ!』
下に降りたがるユキを放した後で、澄也はゆっくりと引き戸を開ける。聞き慣れているはずの軋みの音が、いやに耳障りに響いた気がした。
「おかえり、坊」
「ただいま、白神様」
ふわりと微笑みかけてくれる白神様に笑みを返して、澄也は少しだけ緊張しながら言葉を続けた。
「今日、泊まっていってもいいか?」
澄也の気持ちなど知りもせず、白神様は手元の本に栞を挟みながら、ごくごく軽く「いいよ」と頷く。
「暑いうちの方がいいだろうからね。体を壊したら大変だ」
「だからそんなにか弱くないって!」
摘みたてのブルーベリーを入れた箱を渡して、そのまま澄也は白神様の手首にそっと触れた。指先に体温を感じるだけで、気分が軽くなる気がする。
手を伸ばしたまま何も言わない澄也を不思議に思ったのか、白神様は澄也の顔をのぞき込んできた。
「坊? どうかしたのかい」
「ううん。何も」
卒業試験の日にあったことを、澄也はまだ白神様に話していなかった。
ユキの言う通り、澄也は怖いのだ。話せば何かが変わってしまいそうで嫌だった。
(夜になったら、ちゃんと言う)
白神様を探している人がいると伝えるならば、早い方が良いと分かっていた。それでも今日まで引き延ばしていたのは、澄也のわがままだ。ずっと昔から、澄也は白神様と一緒に夜を過ごしてみたかった。その小さな夢が叶うまで、何も知らないふりをしていたかった。
ごく近くに来てくれた金色の目を見つめながら、澄也はそっと唇で白神様の唇を塞いだ。伺いも立てずに勝手にキスをしたのは初めてだったかもしれない。白神様らしくもなく驚いた様子に、なんとなく笑いたい気分になった。
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