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第60話 朝まで一緒にいたかった⑦

「怖いほどきれいな、人ならざるものを知らないかって聞かれたんだ」 「そう。それで?」  薄闇の中で、金色の瞳が美しくきらめく。出会った時から惹かれてやまないその色に見入りながら、澄也は淡々と続けた。 「俺の魂は珍しくて、色々なものを呼び寄せるんだって。不幸を呼ぶんだって言われた。ずっと昔、白神様も同じことを教えてくれた」 「そうだね。だけど坊には私がいるだろう? 怖いことなんて何もないよ」 「うん。白神様は俺を守ってきてくれた。……でも、俺の周りのひとたちはどうだろうって考えていたんだ」  ここ数日、ずっと考えていた。 「父さんは消えた。母さんは変わってしまって、俺を見なくなった。俺を殴った高松は学校に来なくなったし、俺とクラスが同じになった人たちで、飛び込んできた魔物に怪我をさせられた人はたくさんいる。ひまりは取り憑かれて、健は死にかけた。ユキだって、俺が実習に行った日、俺があの場所にいたせいで家族みんなを失ったのかもしれない」  淡々と、澄也は懺悔するようにそう言った。腹の上に乗ったユキを抱え直しながら、澄也は目を伏せる。 「まるで厄病神だ」 「馬鹿だね。周りの不幸を全部自分に結びつけようとするなんて、随分と傲慢に育ったものだ」 「全部が全部俺のせいだって言うつもりはないよ。たまたまかもしれない。だけど『お前が不幸を呼び寄せているんだ』って言われたら、ああそうかもしれないなって思えるくらいには、そういうことが起こりすぎた。――白神様も」  布団に柔らかく落ちた白髪を眺めて、ゆるゆると目線を上げていく。出会った時から変わらない、澄也だけの優しい神様は、じっと澄也の言葉を待ってくれていた。 「私が何?」  このままずっと夜が明けなければ、どんなに幸せだろうか。けれど、何かを知った上で知らないふりをし続けるのは正しくない。頭の片隅でそんなことを考えながら、澄也は静かに口を開いた。 「きっと俺は、白神様に不幸を呼び寄せてしまった。水無川さんたちに、人ではないひとが近くにいると気づかせてしまったのは俺のせいだ。だからユキに、白神様の足枷になっていた術を食べてもらったんだ。あれがなければ白神様は外に出られるよな? 俺、逃げてほしくて――」 「……はあ?」  ごく真剣に頼み込もうとしていた澄也の声を遮って、白神様はすっとんきょうな声を上げた。目を見開いて言葉を失っている顔は、今まで見たことがないほど引きつっている。 「……待て。なんだって? 私『の』不幸? お前、正気か? 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたけれど、まさかまだ状況が分かっていないのか? 私『が』お前にとっての不幸ならまだしも――」 「は?」  正気で言っているのかと声を上げたいのは澄也の方だった。白神様だけが出会ったときから変わらず澄也のそばにいてくれた。守り慈しんで愛してくれた。たとえ本人だろうが、それを不幸などと言うことは許せない。 「不幸なはずがないだろう。白神様と出会えたことは、俺の人生で一番幸せなことだ。おかしなことを言わないでくれ」  あまりに馬鹿馬鹿しいことを言われた気がして怒りさえ湧いてきた。鼻で笑うようにして言い切れば、なぜか白神様はますます顔を歪めた。 「そんな行儀の悪い顔、どこで覚えてきたんだい」 「目の前にお手本がいる」  間髪入れずに言い返せば、白神様は「かわいげがない」とぼそりとこぼしながら、そっと澄也に手を伸ばしてきた。長い指は、先ほどユキにそうしていたように澄也の頬を二度、三度とつついたかと思えば、首元に向かってゆっくりと降りていく。あざの刻まれている場所を撫でるようにして、やがて白神様の手のひらは、澄也の首を覆うようにぴたりと肌に添わされた。  力の強い白神様なら、ほんの少し手に力を込めれば澄也の首の骨くらい簡単に折ってしまえるだろう。けれど澄也は、それを怖いとは思わなかった。 「危機感がないねえ、坊。大人になったんじゃなかったのかい」 「危機感なんてそんなもの、白神様相手に感じる必要がない」 「怖くはないのか」 「白神様が怒ってたら怖いけど、今は別に怒ってないじゃないか。機嫌は悪そうだけど」    睨み合うわけでもなく、笑みを交わすわけでもなく、ふたりはしばらく黙って互いの目を見つめた。初めて会った日にも似たようなやり取りをしたことを、朧げながら澄也は思い出す。  ややあって、白神様はため息混じりに呟いた。 「お前、私がどういう存在なのか分かっている?」 「分かってるつもりだよ。口を合わせただけで死にそうになるくらい、綺麗で怖い俺の神様だ。人間じゃないことなんて最初から知ってるし、鬼だとも聞いたよ」 「聞いたよ、じゃない。なんだその軽い反応は。つまらない」  首を掴んでいた手が外れたかと思えば、軽く澄也の額を小突いていく。そのまま離れていこうとする手をさっと掴んで、澄也は「怯えないのはいけないことか?」と挑むように言った。 「俺、白神様が鬼だって聞いて嬉しかったんだ。白神様に逃げて遠くに行ってほしいと思ったけど、会えなくなるのは嫌だったから」  握りこんだ指の形を、確かめるようにゆっくり撫でる。白神様の爪先は鋭く尖っていて、見た目からはあれだけ器用に料理ができるとはとても想像できなかった。普段は隠れているけれど、牙だって肉が簡単に裂けそうなくらい鋭いと知っている。 「……何が言いたい?」  平坦な声で白神様が問う。先ほどまで感じていた幸せな気分を思い出しながら、澄也は満面の笑みを浮かべた。 「白神様は血を飲むよな。肉も食べる? 俺には分からないけど、魂も味がするのか?」  ぴくりと動いた白神様の手を逃がさないように、指が食い込むほどの力を込めて捕まえる。初めて好きだと言ったときも、もう子どもではないのだと告げたときも、これほど緊張はしなかった。上擦る声を無理矢理押さえつけながら、澄也は縋るように囁いた。 「俺を食べてくれないか、白神様」

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