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第76話 手の鳴る方へ④

 休業日の看板がかかった花屋の中で、澄也はひまりに手渡された真っ白な花を検分していた。見た目こそ桜の枝をそのまま手折ってきたかのような造形だけれど、生花のはずのその花にはがくも花粉も存在しない。美しいけれど奇妙な花だった。桜の一種だとしても、夏真っ盛りの今の時期にはそぐわない。 「不思議な花だと思わない?」  挨拶もそこそこに、開口早々ひまりは熱のこもった声音で話し出した。大学時代の知り合いから届けられたというその花は、県境を越えた先の山奥で見つかったものらしい。 「ほらな。また花の話だった」 「悪い?」  茶々を入れる健をじとりと睨んで、ひまりは手に持った枝をくるくると回す。 「これ、一本だけじゃないんだって。満開の真っ白な花の木が何本もあって、たまたま夜に出歩いてたら見つけたって言ってた。綺麗だからってこれだけ折ってきたらしいけど、次の朝見に行ったらそんな木はなかったんだって」 「やめろ。夏に怪談は聞きたくねえ」 「退魔師のくせに何言ってるの」 「魔物と怪奇現象は違うだろ」  健とひまりが言い合っている間にも、澄也は黙って白い花を見つめていた。枝はともかく、花の方は見れば見るほど不思議に思えた。五枚の花弁は見事に左右対称の形をしていて、どの花も同じ大きさをしている。完璧すぎて見れば見るほど怖くなってくるような、不気味な美しさがあった。  机に乗って同じく花を眺めていたユキが、不意に鼻先を伸ばす。取り上げる間もなく、ユキは花びらのひとつを口に含んでいた。 「こら、吐き出して。ユキ」 『んんん?』  何でもかんでも口に入れる使い魔の悪癖は、何年経っても変わらない。澄也が叱っても、ユキは困ったように小首を傾げるだけだった。 『においがしたのに、ない。これ、へん』 「どうした?」  澄也たちの様子に気づいたのか、ひまりと健も口論をやめてユキを見た。もごもごと何かを確かめるように口を動かした後で、ユキはもうひとつ花をかじると、澄也に異変を訴えるように口をぱかりと開ける。  三人で揃って狐の口を覗き込む。そこには花びらのかけらさえ残ってはいなかった。 「消えた……?」 『ちがう。ない』  思わず皆で顔を見合わせる。難しい顔で花に手を伸ばした健は、花弁をひとつちぎると、懐から取り出した札でそれを燃やそうとした。けれど、小さな火柱に包み込まれても、花弁には焦げ跡ひとつついていない。 「おいこれ本当に花なのかよ」 「形はそうだけど。触れる……よね?」 「気配も何もないから、魔物じゃないはずだ」 「燃えないってのに、食ったら消えるのか?」  不気味な花について話し合っていたその時、ぴくりと耳を動かしたユキが窓の外を見た。

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