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第81話 手の鳴る方へ⑨
容赦なく押さえつけられながらも、白鬼は周りを見渡してのんびりと声を掛ける。
「なんだ。お前だけか、ちび」
『もうちびじゃない! スミヤは外で待ってる』
「つまらない」
背を踏みつける脚を掴んで力を込める。どこぞの力自慢の青鬼相手に力比べをする気にはならないが、たかだか獣風情に押さえられるほど白鬼は弱くない。狐の脚を跳ね上げ、瞬時に身を起こす。
逃げるときには地から足を離さないと言ったのは、澄也に対してだけだ。本人がいないのならば守る義理はない。白鬼はその場を離れて高く跳躍した。けれど、しつこい狐たちは、当然黙って見送ってはくれなかった。
『にがさない』
おどろおどろしい唸り声とともに青い火の玉が背に迫る。記憶にあるものよりもはるかに威力を増した火球は、ひらりとかわした白鬼を通り越してあたりの建物を崩しては焼いていく。凶悪な威力の攻撃に、さすがに顔が引きつった。
「お前、私を殺す気か?」
『ころしてやりたい。しろいのはスミヤをなかせた。ユキはおまえをゆるさない』
「忠義ものだねえ」
『だけどスミヤはおまえをほしがってる。ユキもしろいのには恩がある』
「恩……?」
逃げながら記憶を探るが、狐に何かをしてやった覚えはない。そんな白鬼に構うことなく、白い狐は高らかに鳴いた。応えるように小さな声がふたつ聞こえる。
影が体に絡みつき、どこからか巻き上がった砂混じりのつむじ風が白鬼を包み込んでいく。
「うっとうしい」
腕を振って払おうとした瞬間、それを待っていたかのように額に何かが突っ込んできた。くわん、と脳が揺さぶられる。鬼に傷を負わせられる相手は多くない。よろめきながら睨みつけた先には、忌々しい烏が悠々と留まっていた。
「この糞爺……焼いてやろうか」
『いい加減に観念しろ、糞鬼が。……まったく、誰も彼もひとを爺呼ばわりしよってからに嘆かわしい……』
ぶつぶつと嘆く声を最後まで白鬼が聞くことはなかった。烏に気を取られた一瞬の間に、大口を開けた白狐が飛びかかってきたからだ。白鬼の体をぱくりと咥えるや否や、尻尾をぶんぶん振って白狐は走り出す。カア、と呆れたように鳴く烏の声が遠くに聞こえた。
「離せこのちびが!」
『おちび? しろいの、おおきいよ』
『しろいの、これもしろいのっていってた』
『こっちのしろいの、ちいさいよ』
『でもつよい。どっちがしろいの?』
『こまった。クロ、分からない。スミヤにきこう』
白狐の背にしがみついた狐たちが、のんきな会話を交わしている。青筋を立てる間もなく数の力で連行された白鬼は、地獄の扉を抜けて人の世界に放り出されたのだった。
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