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第88話 手の鳴る方へ⑯

「どこまでってお前、何を見たんだい! 私は口吸いしかしていないよ。お前、私を裸に剥いた? 肌を吸った? 痛めつけてみた? それとも一晩中まぐわってでもいた?」  白鬼が思いつく限りの淫夢を並び立てていると、堪えかねたように澄也は舌打ちをして、白鬼に覆いかぶさってきた。 「黙ってくれ!」 「まぐわったこともないなら、全部想像だけだろう? お前はどんな――」  ぺらぺらと続くはずだった言葉は、重ねられた唇に吸い込まれていった。柔らかく絡む舌も、時折角度を変えて合わせられる唇も手慣れたもので、お望み通り黙ってやってもいいと思う程度には気持ちがよかった。  眉間に皺こそ寄っているものの、頬を支える手も、こちらの反応を見て動く舌も、持ち主の気質そのままの優しいものだ。腕を伸ばして首に回せば、応えるように澄也の手が白鬼の後頭部を支えてきた。  甘さを増した口付けを交わしながら、白鬼は必死に、したこともない自制を心がけていた。  澄也は自業自得ながら死にかけたばかりだ。与えた精気を吸ってしまったら意味がない。分かってはいるが、血の味の混ざった唾液は甘くて、気を抜くとうっかりと味わってしまいそうになる。 「ん、……ふ、あはは」  けれど、ほんの少し吸うだけでも頭がくらくらとするほど、澄也の精気は極上のものだった。本気で禁欲でもしていたのではないかと疑いたくなる。 「何?」 「なんでもないよ。お前、私を抱きたいの? 抱かれたいの? どちらも気持ちがよくて楽しいよ」 「えっ、俺は……」  まごついた澄也が答える前に、思い直して言葉を被せる。 「ああいや、どちらにしても前も後ろもどっちも喰うから関係ないか。最初くらいは抱かせてやろうか? お前、痛いのは嫌いだったろう。気持ちのいいことをしよう、澄也」 「……決めてるなら聞かないでくれよ……」  疲れたようにうなだれている澄也を抱き寄せる。髪を撫で回せば、「やめて」とくぐもった声が返ってきた。別人のように変わった部分もあれば、幼いころから変わらない部分もある。それらをひとつひとつ確かめていくのが楽しくて、白鬼は機嫌よく頬をすり寄せた。 「ずっとお前を仕込んでみたかったんだ。どこまで教えようか? 抱き方は分かるのか? ああ、もう鼻血は出すなよ」 「いつの話だよ! あなたが好きだってずっと言ってきた! 考えたことくらいあるし、知ってるよ!」  言いながら、意外なほど器用な手つきで、澄也は白鬼の着物の帯に手を掛けた。はだけた服の間から、ひどく慎重な動きで手のひらが入り込んでくる。するりと白鬼の腰を撫でながら、何が珍しいのか澄也は感嘆するように息を吐いた。 「……きれい。触ってもいい?」 「いちいち聞くな」 「うん、白神様」 「『白神様』? もう忘れたのか?」  催促すれば、秘め事を囁くような慎重さで、澄也は白鬼の名を舌に乗せた。宝物を呼ぶように何度も繰り返し慕わしげに呼ばれて、悪い気がするはずもない。  互いを隔てるものを全て取り去ったあとで、澄也ははにかんだ笑みを浮かべた。 「俺、うまくできないかもしれない」 「覚えればいい。得意だろう?」 「うん」  抑えきれていない早い呼吸を耳元で聞きながら、肌と肌をぴたりと添わせて息をつく。目を合わせて笑い合い、ふたりはどちらともなく唇を合わせていた。

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