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エピローグ 今日も明日も一緒に②
「わあ、きれい」
「お前それ――っ」
感嘆の声をあげるふたりの視線の先には、日を透かすような一対の金色の瞳があった。
今この場にいないひとに、揃いの色だね、と囁かれた声の甘さを思い出し、なんともいえない身の置きどころのなさを感じる。
一度見せたのだからいいだろうとサングラスを掛け直そうとしたが、ぴくぴくと頬を引きつらせた健がそれを許してはくれなかった。ひょいと手元からサングラスが奪い取られていく。
「返せ、健」
「話が終われば返してやるよ。……なんだよその目。何をどうしたら黒目が金目になるんだよ! 得体の知れない首輪だけじゃ足りねえのか、ああ? 人間やめる気かよ」
「えっ、人間ってやめられるものなのか?」
「そういう話はしてねえっつうの!」
地団駄でも踏み出しそうな健に苦笑を向けて、入れ替わるようにひまりが口を開く。
「澄也の体に害はないの? 大丈夫?」
「ない。不完全だった首輪を完成させただけだって言ってたから、少し丈夫になっただけだよ。……多分」
お前を鬼にできないかなと不穏なことを言っているひとがいたので確証はないが、いくら強い鬼でも世の理を歪めることはできないだろう。
「そっか。ならいいのかな……?」
「よくねえだろうがよ! 不自然に健康になってるわけはなんだ。隈まで消えてるじゃねえか。絶対あの怖いやつになんかされてるだろ」
苛立ったように肘をつき、健がじとりと澄也を睨みあげる。
「何か、というか……」
よく食べてよく寝て、よく触れ合っているだけだ。寺の一画に住まわせてもらっておいて何をしているのかと気のひけるようなことを、ほとんど毎晩している。これまでは体質のせいで結界外に住むことができなかったけれど、いい加減青鬼や水無川和尚の目が痛いので、どこか山奥にでも引きこもろうかと思っているくらいだ。
口ごもる澄也を見て、呆れたように健が呻き、ひまりが笑う。
「おい顔赤くしてんじゃねえぞむっつり野郎」
「ふふ、そんなにかわいい顔してたら健が泣いちゃうよ、澄也!」
「泣くかよ。くそ! こんなやつに惚れてたのは俺の一生の不覚だよ!」
「健にもきっといい人が見つかるよ。見つからないなら見つからないで、集まりやすくていいじゃない。おばあちゃんおじいちゃんになっても、私の花を見せてあげる。苗が欲しいなら分けてあげるし、育ててみたら?」
「苗? 俺も何かまた畑で育てたいんだけど、おすすめあるか、ひまり」
「うるせえ!」
口を挟んだ途端に怒鳴られた。眉を寄せれば、我慢できないとばかりにひまりが笑い出す。
「いちじくの木でも育ててみる? 枝を分けてあげるから。……まあそれはともかく、幸せそうでよかった、澄也。ずっとぴりぴりしてたから、心配だったの」
「本当にな。見られる顔になってせいせいしたぜ」
生暖かい目に居心地が悪くなる。思えば幼なじみたちにも随分と長い間協力してもらった。
「ありがとう、ひまり。健。余裕がなくて嫌な態度を取ったときもあったのに、今まで助けてくれて本当に感謝してる」
「お前の態度が悪いのはいつものことだろうが」
「健ほどじゃない」
「まあまあ。お互い様でしょ、そんなの」
そんな風に互いの近況を話し、しばらくとめどない話をしていると、不意に強い風が吹いた。砂利混じりの風に目をつむり、次に開いたときには、小柄な赤茶色の狐がちょこんと足元に座っていた。澄也の使い魔のうちの一匹だ。
「もみじ。どうした?」
『しろいの、まってるって』
「白神様? ユキ?」
ユキと比べて小柄な狐たちは、白神様もユキも同じ呼称で呼ぶことがあるので紛らわしい。確認すれば、赤茶色の狐は急かすように前脚を澄也の足に乗せた。
『しろの兄者、しろいのをとめてる。しろいの、もみじにおにくをくれた。スミヤをよんでこいって』
今回の『しろいの』は白神様のことらしい。大方白神様が来ようとしたところをユキが止めて、焦れた白神様がこの小狐に賄賂でも渡して使い走らせたのだろう。
「分かった。ありがとうな」
『もみじ、えらい?』
「えらいえらい。……ユキは叱るかもしれないけど、泣くんじゃないぞ」
『そんな! たすけて、スミヤ』
きゅうきゅうと鳴く狐を撫でていると、「そろそろ時間?」と何でもないことのようにひまりが尋ねた。健もまた、当たり前のように狐を見て口を開く。
「そいつ、なんだって?」
「白神様が待ってるって」
「もみじちゃん、なんだか怖がってない?」
「こいつの兄さんはしつけに厳しいから」
健もひまりも、魔物と話す澄也を不気味がる様子は一切ない。今さらではあるけれど、昔と同じように幼なじみと集まっているのに、昔とは違うその変化が嬉しかった。
「あ」
「げっ」
そろそろお開きに、と言いかけたところで、ふたりが澄也の背後を見て目を見開く。どうしたのかと尋ねる前に、背後から腹に腕が回され、当然のように引き寄せられた。肩越しに振り返れば、白神様が不機嫌をむき出しにして立っている。
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