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第二話
スーパーの袋をテーブルに置き、買ってきたものと冷蔵庫に入っているものを照らし合わせ、頭の中で献立を組み立てていると空の声が飛んできた。
「今夜はハンバーグがいいな」
「魚の煮付けにしようかと思ったんだけど」
「えーハンバーグがいい、ハンバーグ!」
リビングの床でゴロゴロと寝転がる空に苦笑が漏れた。もう高校生だというのに変わらない身勝手さだ。
病弱で大切にされていたせいか、空は随分な甘ったれに育ってしまった。自分がこうしたいと思ったら、是が非でも通す横暴ぶりに両親は手を焼いたが、逆に空には自分がいないと駄目になるんだと思えて嬉しい。
「しょうがないな」
「やった!海人が作るハンバーグ好きなんだよね」
「調子いい奴」
空を甘やかすと母親が眦を吊り上げるが、幸いにも今日はパートで遅くなると言っていた。海人が黙っていれば、夕飯は元々ハンバーグだったことになる。
「じゃあ少しは手伝ってよね」
「はいはーい」
空は腕を捲って海人の隣に立った。大の男が二人並ぶとキッチンが手狭になるが、自然な成り行きで空の傍にいられるので頬が独りでに緩む。
海人は棚の中に入っているファイルからハンバーグのレシピを取り出し壁に貼り付けた。
和食を作る方が得意だが、空は洋食を好む。
だから毎回レシピを用意し失敗しないように細心の注意を払っていた。
レシピを頭から最後まで見直し材料を並べた。
「なにからやる?」
瞳を爛々と輝かせた空は海人の指示に仰いだ。
「じゃあ玉ねぎをみじん切りにして」
「アイアイサー」
空は包丁を取り出し、玉ねぎを切り始めた。
ダン、ダンと勢いのある音に心配になりながらも、海人も準備に取りかかる。
並んで夕飯を作るなんて夫婦みたいだ。二人でご飯を作り、時折味見をしあって微笑む絵が浮かび、無意識に口笛を吹いた。
「ご機嫌じゃん」
「・・・・・・ 空とこうしてるの久しぶりだから」
思わず本音が漏れてしまい、緩みきっていた心に鞭を打った。いまのは兄弟としてアリだよなと空の様子を窺う。
空は目を丸くさせ、まじまじと海人を見返していた。
「海人って男殺しの台詞をナチュラルに言うよね」
男殺しってなんだよと焦ってしまい、余計に語気が強くなる。
「弟が手伝ってくれるんだもん。兄として嬉しいに決まってる」
「そうやって兄とか弟とか」
「だって事実だろ」
「双子なんだから関係なくない?」
海人が「弟」と口にする度、空は噛みついてくる。確かに双子として生まれてきたのだから兄弟もないかもしれない。
けれど海人は兄と弟の線引きをはっきりとさせたかった。そうしないと気持ちが簡単に傾いてしまう。
気持ちを鎮めるために深呼吸をして、兄としての仮面を被り直した。
「もう少し小さく刻んで」
「こう?」
「うん。上手だよ」
「ほら弟扱いする」
「だって弟でしょ」
海人の言葉に頬を膨らませたが、それ以上の言葉は飲み込んだようだ。玉ねぎが目に染みたらしく、空の瞳には水の膜が張り、横からみると硝子をはめ込んだように見えた。
「ただいま」
パートから帰って来た母親がリビングから顔を覗かせた。
「おかえりなさい」
双子のハーモニーに母親はうんと頷いた。
「今日もばっちりだね」
「なにが」
「ほら、また重なった」
くすくすと笑う母親の目尻は年齢を感じるが、桜色のブラウスに細身のパンツを履きこなしているせいか、実年齢より若くみえる。
「何回聞いても、あなたたちの合唱には驚くよ」
「ばあちゃん!」
海人は包丁を置いて母親の影に隠れてしまっていた祖母に飛びついた。
「こっち来るの珍しいね。どうしたの?」
「駅でたまたま会ったのよ。あとお父さんが急に夕飯いらないって言うし、一人分余るの勿体ないから招待したの」
祖母の家は徒歩で十分くらいの距離にあり、子供のときは毎日のように遊びに出掛けていた。そのせいか空はばあちゃんっ子だ。
空の様子を微笑ましく思いながら料理を続
けていると、母親が海人の手元を覗いた。
「今夜はハンバーグ?てっきり魚かと思ってた」
「たまには洋食もいいじゃない」
「どうせ空が我が儘言ったんでしょ。甘やかすなっていつも言ってるのに、海人はやさしすぎるのが心配よ」
母さんごめんなさい、俺は空に厳しくできないんですと心中で頭を下げておいた。
身体の弱かった空を護らなければという責任感が小さい頃からあり、海人は精神的に成熟するのが早かった。その分、空は甘やかされ我が儘に育ってしまったが、愛される術を知っていた。
誰からもちやほやともてはやされ普通の兄弟なら腹が立ってしまうところだが、人気者の空が愛しかった。
「ほら、ご飯できたよ」
「今夜は豪勢だね」
「ばあちゃんごめんね。本当は煮付けのつもりだったんだけど、空の我が儘でハンバーグになっちゃって」
「それ言うなよ!」
「あなたはいつまでたってもお兄ちゃんに迷惑かけて」
「だって海人のハンバーグ旨いじゃん」
「そういう意味じゃないでしょ」
「まあまあ、たまにはこんな食事も悪くないよ」
祖母が優しく制しても母親と海人の口喧嘩は終わることがなく、四人の笑い声はずっと響いていた。
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