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第7話 スコティッシュフォールド④
次の日、バーのオーナーの男に言われた通り、ミナミは2時間前に店にやって来たが、店は開いていなかった
(開いてねーのかよ!)
ミナミはビルの隙間から裏口を覗いた
昨日生ゴミを散乱させた場所はきれいに片付けられていた
「おい、そこの不審者。通報するぞ」
振り返ると、オーナーの男が手に買い物袋を提げて立っていた
「お前が来いって行ったんじゃん…」
「冗談だよ、ほら入れば?」
男はウォレットチェーンについている鍵で店のドアを開けた
「…うっす」
ミナミは少しだけ頭を下げて店に入った
店内は昨日のオシャレで落ち着いた雰囲気とは違い、薄暗く殺風景だった
男はカウンターに買い物袋を置くと店の奥に消えた
ミナミは店内を見渡した
カウンター席10、テーブル席3、ボックス席3
広すぎもせず、狭すぎもしない、ちょうどいい大きさの店だった
男がモップとバケツを手に戻ってきた
「モップとバケツはあっちのロッカーにあるから。バケツには洗剤入れて。終わったら棚や窓の雑巾がけな。荷物は適当に置いて」
一方的に指示され、ミナミは憮然とした
男はミナミに道具を渡すと一人でカウンターの中に入った
(これ、どうやんの…)
ミナミはローラーがついた四角いバケツを見下ろした
「わかんないことがあったら聞けよー」
タイミングよく声がかかった
ミナミはじっと男を見た
「これ…」
「そこのレバーを踏むんだよ。そうすっとローラーでモップの水を切れる」
ミナミは言われた通り足元のレバーを踏んだ
こんなことすら自分は他人に教えてもらわなければできないのかと憂鬱になった
昨日から、こんなことの繰り返しで、自信も自尊心もへし折れ、自分が自分でなくなっていくようだった
ミナミはレバーを踏みしめて、めいっぱい水を切った
「ん」
バーテンが、顎でカウンターの上に置いてある鍵を指した
「なんだよ?」
「ロッカーの中に服入ってっから着替えてきて」
男はいつの間にか髪をひとつに括っていた
何をしているのかと手元を見ると、フルーツを切っていた
きれいに飾り切りにされたものもあれば、乱雑に切られたものもある
それを別々のタッパーに入れた
ミナミはバックヤードに入った
バックヤードはそこそこ広く、休憩室も兼ねているらしかった
壁際に上下2段のロッカーが4列、中央にテーブルとパイプ椅子、テレビ、隅に段ボールが積み上げられていた
もらった鍵の番号のロッカーを開けると、昨晩男が着ていたような白いワイシャツとベストと黒のスラックスが入っていた
「…嫌みかと思ったわ」
フロアに戻ったミナミは男に文句を言った
スラックスが長すぎて折るしかなかったのだ
せめて見た目だけでもと内側に折った自分を褒めてあげたい
「悪くない」
男はミナミの全身を見てニヤリと笑った
その日はひたすらオーダー取り、サービング、テーブルの片付けとセッティング、皿洗いをやらされ、気がつくと2時間経っていた
「お疲れ。プッシールーム 行ってこい」
なんだか顎で使われているようで癪だったが、すでに出勤予定時間の10分前だった
文句のひとつも言ってやりたかったが、ミナミは急いで着替えると、「お疲れ様です!」とだけ言ってバーを後にした
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