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第8話 スコティッシュフォールド⑤
バーとプッシールームを掛け持ちした翌日は、疲れはてて午前中は泥のように眠る日々が続いた
遊びにも行かず、よく働き、よく食べ、よく寝ることによって、ミナミはすっかり健康になった
そして3か月ほど経つ頃には、そんな生活にすっかり慣れていた
※※※※※※※※※※※※
休憩中、リンほぼ毎回、全く同じ椅子、同じ体勢でスマホをいじっている
その日もミナミは、悠然とスマホゲームをするリンを睨みながら身支度を整えていた
「ミナミ、飛び込み入ったけど、行ける?」
マサトが控え室のドアを開けて声をかけた
「はい。コスなんですか?」
「バーテンダーだって」
さっきまで着ていたのに、また着るはめになるのかとうんざりした
「最近バーテンダー流行ってんの?アニメとか?」
リンに話しかけたつもりだったが、返事はなかった
「はよーございまーす」
ミナミが着替えていると、【ペルシャ】のタキが出勤してきた
「タキくん、遅刻じゃね?」
「あと3分あるから余裕です」
タキは指名客が入っているらしく、サッと全裸になると男子用のスクール水着に着替えた
「タキくん、今日は攻めてるね」
「ミナミさんこそ」
プッシールームのバーテンダーの衣装はバーの本格的な制服とは違ってなぜかショートパンツだ
「どっちの太ももがエロいか勝負な」
「あ、時間ないんでー」
タキとミナミは隣あったプレイルームに同時に入った
その時、ミナミの目にプレイルームに入る瞬間のタキの表情が飛び込んできた
まっすぐにガラスの向こうの客を見つめる瞳
真一文字に結ばれた薄い唇
指先までピンと伸びた手
さっきまで自分と軽口言い合っていたタキが、一瞬で何かが乗り移ったかと思うくらい美しいものに見えた
ミナミは胸にもやもやとしたものを抱えてスコティッシュフォールドのプレイルームに入った
プレイルームに入って愕然とした
ガラスの向こうにいる客はさっきまでバーでお酒を飲んでいた客だった
(尾 けられた…)
そう認識した瞬間、背筋に鳥肌が立ったが、ミナミは新規の客全員にするのと同じように「ミナミです。ご指名ありがとうございます」と丁寧に頭を下げた
「ミナミちゃんって言うんだ。かわいいね」
バーにいたときは物静かなサラリーマンかと思っていたが、いまはただの気持ち悪い変態エロオヤジにしか見えない
だが、ミナミにはこの店一番の古参であると共に、ナンバーワンという矜持がある
この程度の客は何人もあしらってきた
「いつもは予約のお客さんでいっぱいなんだけど、今日はたまたま空いてたの。ラッキーでしたね」
ミナミは手を消毒しながら、
「お客さんのこと、なんて呼べばいい?」
「サカキくんって呼んでもらってもいい?」
「いいよ。サカキくん?」
男がベルトに手をかけた
名前を呼んだだけでサカるとかどれだけ飢えてんだと思ったが、もちろん顔には出さない
ショート30分、たんまりオプションつけさせてもらおうじゃないの
ミナミの闘争心に火がついた
「お客さん、初めてだから色々教えながらやるね」
「うん…」
男はすでに勃起したモノを、ズボンから出していた
「基本的には僕のこと好きにしていいんだけど…」
ミナミはショートパンツをずらして、見えるか見えないかのところで下ろすのを止めた
「フェラやアナルファックの真似はオプション料金なの。大丈夫?」
「SMは?」
男はミナミの背面の棚を見た
「ボールギャグや尿道ブジーは料金かかるよ。興味ある?」
男の喉仏が上下に動いた
「あー、疲れた…」
1プレイごとに、最低30分の休憩があることがこの店でプレイヤーを続けられる理由かもしれない
リンはさっきから1ミリも動いていなかった
こいつはちゃんと仕事をしているのだろうかと疑ってしまう
タキは1時間コースの客のようで、まだ戻っていなかった
タキの指名客は数にすればミナミの半分以下だが、コアなファンが多く、大体が1時間コースで、しかも毎週通ってくる客が複数いる
きっと客から大切にされているのだろう
ミナミはブースに入る前のタキの表情を思い浮かべた
あんな真剣な顔でプレイされたらそりゃあはまるよな
「お前もしっかり働けよ」
思わずそんな言葉が漏れた
その時ノックの音がして、マサトが控え室に飛び込んできた
「ミナミ!初回の客で、しかも30分なのに、よくにこれだけ払わせたな」
30分3万3000円
基本料金1万5000円プラス指名の3000円、それからさらにオプション3つ上乗せさせた
「ハードな客は疲れるけど、オプションつけてくれるのがいいッスよね!」
ミナミはミネラルウォーターを一気にペットボトル半分ほど飲み干した
「あ、でもあの客、例のバーの客でした」
「お前がここ来る前に働いてるってとこ?何それ尾けてたってこと?」
「多分…」
「うーん…」
マサトは唸った
「しばらく帰りはタクシー呼ぶけど、行きはどうする?」
「バー とも相談しますけど、まあ大丈夫じゃないですか?」
「誰か迎えに行かせようか?」
「誰かって…」
ミナミはリンに目をつけた
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