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第9話 ソマリ
「新しく部屋できるってホント?」
出勤してきた【アメショ】の九 は、噂で聞き齧ったことをミナミに尋ねた
【スコティッシュフォールド】のミナミは、この店 で一番長く働いていて、九との付き合いも3年になる
「俺もよく知らねーけど、新しく来たのがだいぶ尖ってるらしくて、部屋1個変えるかって話になってるらしいよ」
「え?すぐ辞めかもわからないのに新しく部屋作るの?!そんなにすごい子なの?!」
「詳しくは知らねーよ」
「潰すって、まさかアメショじゃないよね…」
九にとって、アメショの部屋はアイデンティティーと直結する
「お前んとこ と俺んとこ と、アヤメ はコンセプトが被ってるからな。消すとしたらその3つのうちのどれかだろうな」
ミナミが挙げた3人はプライベートでも遊ぶほど仲がいいが、ただエロいだけで客が入れ食い状態のミナミに『被ってる』と言われるのは心外だった
(しかもサービスや接客がいいっていうより体が特殊なだけで、あんなんチートじゃん)
ミナミは体が小さくて童顔なわりに、アソコがでかいのがマニアに人気なのだ
それに何度もイケて精液の量も多い
つくづくこの店 に向いていると思う
「おーい」
タイムリーにマサトが控え室にやって来て、九はドキッとした
しかし、呼ばれたのはミナミだった
マサトとミナミが廊下の隅で話す様子を、九はドアの隙間から覗いた
ヒソヒソ声で全然聞こえない
「どうしたんスか?」
プレイを終えた【マンチカン】のアヤメがやって来て、九に声をかけた
「あれ」
九は廊下の隅で話すミナミとマサトを指差した
「あ、ミナミさん、辞めるんですよね」
「はぁっ?!」
九の声に、廊下の端にいたマサトとミナミが振り返った
※※※※※※※※※※※
プッシールームは公に求人はしない
たまにオーナーがどこからか連れてくることがあるが、大体は新宿界隈の水商売関係者からの紹介だ
「ハセさんから聞いてると思うんですけど…」
その日、面接に来た若い長髪の男は有名モデルと付き合っているマサトですら惚れそうになるほどの美形だった
170センチくらいの身長に細身の体、色白、黒髪、長い睫毛、茶色い瞳
これは売れるとマサトは思った
だがひとつ難点があった
「実際に見てもいい?」
男が指先しか出ていなかった袖をくるくると捲った
そこには重なりあうようなリストカットの痕があった
一番新しい傷は紫色になっていた
「俺はこういうの、よくわからないんだけど、治療とかは…」
「メンタルクリニックには通ってます」
「そこの先生に、仕事の話は…」
マサトは自分で言ってバカらしくなった
「言うわけないか」
男もうつむいてしまった
「まあ、治す気はあるってことで…いや、でも、いいのかな…」
マサトはオーナーの顔を思い浮かべた
オーナーがハセからの紹介だと言って連れてくるコは、ワケありが多い
そして、ハセは新宿や六本木でキャバクラやクラブを数店舗経営しているやり手の経営者だという
「オーナーも何考えてるんだろ…」
思わずボヤいてしまった
雇う側としては、十人並みの容姿でも問題を起こさず、波風立てず、できれば長く勤めてくれる子が理想なのだが
(話通っちゃってるから俺の責任になることはないだろうけど、もし何か起きたら後味ワルくなるしなあ…)
マサトはもう一度男の顔を見た
男、マサトの視線に気づいて顔を上げた
半開きの中肉厚の艶やかな唇が目に飛び込んできた
(エロ…)
マサトは動揺を見せまいと目をそらした
「じゃあ、えっと、プレイヤー名はヒヤ…君?でいいんだよな?」
履歴書代わりにさっきメモ帳に書かせた内容を読んだ
「なんでヒヤ君?」
興味本位で聞いてみた
「ハセさんにそう呼ばれてるから…」
だからハセさんて誰だよ?!そいつとどういう関係なの?!
そう聞きたいのをグッと飲み込んだ
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