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第10話 最後のスコティッシュフォールド①

ミナミが辞めるにあたって、【スコティッシュフォールド】のプレイルームは【ソマリ】に変更されることになった 【スコティッシュフォールド】の客たち、特にミナミの常連客たちは、ミナミが辞める日まで暇を見つけては通ってくれた 中には予約でいっぱいなのに、当日キャンセルを狙って一晩待ってくれた者もいた ミナミは自分の客たちはもっと淡白で、餞別に1回くらいは来てもすぐに別のプレイヤーに乗り換えるか、他の店に流れていくと思っていた ※※※※※※※※※※ 「そりゃあよかったな」 掛け持ちしているバーのバーテンダー兼オーナーの長谷川が、グラスを拭きながら言った プッシールームを辞めた後は、長谷川が新しく開くカフェにマネージャーとして雇ってもらえることになったのだ 働いていたカラオケ店を辞め、プッシールームの出勤前に毎日4時間バーで働くこと約半年 開店準備から接客、調理、お酒作りなど、いまはミナミ一人いれば店を回せるようになっていた 「いざ、最後になると、ちょっと寂しい気もするけど…」 ミナミはモップの水を切って逆さまに立たせると、排水をトイレに捨てた プッシールームでの勤務は今日で本当に最後となる 店だから壮行会とかお別れイベントなどはなく、淡々と最後の客を見送って終わりになる 寂しいがそれでいいとミナミは思った 「長谷川さんには本当にお世話になりました。これからもよろしくお願いします」 ミナミは改めて長谷川に頭を下げた 「お前が頑張ったからだろ」 長谷川はそっけなく言うとまたグラス拭きに戻った 「ミナミちゃん、本当に、本当に辞めちゃうの?」 最後から二人目の客がベルトを締めながら聞いた 客の動きに合わせてミナミもJKコスの胸元のリボンを直した 「うん、ごめんね」 「さみしいよー」 客が仕切りのガラスに近寄ってきた ミナミも四つ這いで近づいてガラス越しにキスをした 本当ならオプション料金だが、今日は好きにしていいとマサトから言われていた 「いつでも戻ってきていいんだからね?」 「でも、トオノさん、もうアメショに浮気したって聞いたよ?」 トオノと呼ばれた客はミナミの最上客だった その客を、他ならぬ【アメショ】の(キュー)に渡せるなら悔いはない 「(ここ)に通うのはやめられないからなあ…」 トオノは頭を掻いた 「でもミナミちゃんが戻ってきたら、俺もすぐにスコティッシュに戻ってくるから」 トオノが再びガラスに唇を近づけてきた 『もう、スコティッシュは無くなるんです』 その一言は言えなかった ミナミはガラスに押し付けられたトオノの唇を指でなぞってからキスをした 「あと一人かあ…」 最後の30分休憩、ミナミは控え室のソファに横たわった 【最後の】とつけると何もかもが愛しく感じた 「ここでミナミさんと話すのも今日で最後かと思うと寂しいですね」 【マンチカン】のアヤメも同じ気持ちらしい 「終わる頃に九さんたちが来るって言ってましたよ」 最終日は平日の木曜で休みのプレイヤーが多かったが、ミナミの勤務が終わったら来れる人が集まって送別会を開いてくれるのだという 「リンは?」 「リン君には聞いてません」 「だよね~」 バーの客にプッシールーム(ここ)まで尾けられて以来、【ロシアンブルー】のリンは毎日のようにバーに迎えに来てくれた 結局その客はプッシールームには二度と来なかったし、バーの方にも二度と顔を出すことはなかった もう大丈夫だと確信に至るまでの約2か月、用心棒を務めてくれたリンにお礼を言いたかった ※※※※※※※※※※ 「ミナミ、最後の客バーテンダーコスだってさ」 マサトが控え室に呼びに来た 「え…」 まさかここに来てバーテンダーのコスプレを指定されるとは思わなかった あの日の恐怖が甦ってゾッとした 店での最後の客はてっきり常連の誰かだと思っていた 予約は早い者勝ちだから仕方ないとはいえ、最後の最後があの薄気味悪い客で終わるのかと思うとやりきれなかった だが ミナミはバーでの仕事を思い出した 理不尽な言いがかりをつけられたり、酔っぱらいのケンカに巻き込まれたり、ピアニストとの料金交渉でもめたり きっとまともに仕事をやっていれば、こんなことは日常茶飯事なのだろう だからといって、我慢したり泣き寝入りするつもりはない プレイを支配するのは客じゃない、自分だ 相手が誰であれ、悔いのないプレイをするだけだ そうすればきっと、何の憂いもなく人生のリスタートを切れる ミナミは己を奮い立たせ、【スコティッシュフォールド】のプレイルームに入った

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