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第16話 【番外編】スーパー掃除人・エチゼンくん

これは少し前のお話 ※※※※※※※※※※ 「エチゼン、この日は絶対に出て」 仕事の合間を見計らって夕飯のパンを食べていると、マサトがシフト表を手にやって来た 「にゃ?」 「この日、ミナミのラスト。多分えげつない回転になると思うから、お前張り付きで」 「張り付きって、そんなに?!」 張り付きとは、いつの間にかできた隠語のようなもので、部屋に張り付いて客が出た瞬間に清掃に入ることである 「もう一人タカスギが入ってくれることになってるから、別の部屋はやらなくていい」 「…ういっす」 エチゼンコウスケは21歳 専門学校を卒業してスマホゲームの会社に就職したが、会社勤めに疲れて半年で退社、いまは自作のアプリゲームをリリースして細々と暮らしている お酒が強いわけでもないし、かっこいいわけてもない ゲームを作りながら生活も維持できる職業は限られていた そんな時、ホストになった友達と待ち合わせしていたところ、ビルのトイレでテナントの清掃の求人ポスターを見つけた いま思えば、男性トイレに張ってある求人なんてソッチ方面に違いないのに、時間と待遇が希望通りで、その足でポスターに書いてある3階の店のドアを叩いた ※※※※※※※※※※ 「本当にありがとうございました」 最後から二人目の客が出てきた部屋からミナミの声が聞こえた 客は常連のトオノだった 客の姿が見えなくなってから入れ替わるようにエチゼンが入る ガラスの向こうでは、まだ半裸状態のミナミが自分で出したゴミをゴミ箱に捨てていた 「いつもありがとーございます」 エチゼンが声をかけるとミナミが 「エチゼンのお陰で安心してプレイできるからなー。お前にも世話になったよ」 「そっすか?」 エチゼンからしてみれば、教えられた通りのことを当たり前にやっているだけだ 「本当だって。前にいたヤツなんてガラスに拭き残しがあって、客が怒って帰ったもんなー」 「そんなことがあったんスねー」 自分が客として来て、部屋に前の客の唾液や精液が付着したゴミが落ちていたら普通に考えればイヤに決まっている エチゼンは自分が、『これならこの店に来たい』と思ってもらうえるように仕事をしているだけだった 自分の仕事が客足につながるし、客が払ったお金が自分の給料になると思ったら手抜きなどしていられない エチゼンはゴミ箱の袋を入れ替え、客が受付で購入した使い捨てのオナホを回収し、椅子やサイドテーブル、ガラスを素早く拭き、消毒し、床を掃いてモップをかけた ミナミが出ていったのでエチゼンはバックヤードを通ってプレイルームに回った 同じようにゴミを片付け、マットレスに敷いてある防水シートとシーツを交換した 窓を拭き、石鹸やアルコール消毒液の残りを確認し、おしぼりやタオルを新しいものに交換し、客の指定でミナミが使ったオモチャを回収して新しいものを置いた オモチャは時間があるときに洗浄して殺菌して乾かす 基本的にはコンドームをつけて使用することになっているから後処理は楽だが、プレイヤーの体に挿れるものだから清潔を心がけるようにとマサトに言われている 入ったばかりの頃、前にいた健全な会社より、プッシールームのマサト(スタッフ)やプレイヤーたちの方がずっとまともだったことに心底驚いた 風俗店にも色々あるのだろうが、プッシールームで働いたことにより、風俗店やそこで働く人々に対し自分が偏見を持っていたことに気がついた むしろサービスを求める客の方が異常と思えることもあったし、そういう客は大体身なりもよく、左手の薬指に指輪をはめ、ちゃんとした稼ぎもありそうだった 「スコティッシュ終わりました」 エチゼンは受付の壁にかかっている部屋札をひっくり返した それを見てマサトが客を部屋へ案内することになっている ミナミの最後の客は1時間だった 部屋の掃除はなくても、先ほど回収したオモチャを洗ったり、シーツやおしぼりを業者に引き渡したり、逆に返ってきたリネン類を倉庫にしまったりとやることは多い やっと控え室に戻れたのはミナミの最後の勤務が終わる10分前だった 「お疲れー」 控え室ではもう一人の掃除人のタカスギが喉をならしてスポーツドリンクを飲んでいた 「今日はどの部屋入ってんの?」 「マンチカンとシャムとミケです」 「スコティッシュが終わったら手伝うよ」 「いえ。エチゼンさん、今日は張り付きでしょ?3部屋ならすぐに終わるから大丈夫ですよ」 「でも、ミナミさんの送別会行くだろ?」 「いや、今日は彼女が家にいるんで。なんならスコティッシュもやっておくんで、上がっていいですよ」 タカスギの彼女は束縛がすごい そういう提案をされるとつい邪推したくなる エチゼンは 「家に帰りたくないんだろ?」 とからかった タカスギは「ハハハ」と笑ったが、すぐに真顔になって、 「いやー、別れるのがこんなに大変だとは思ってなかったですねー」 と呟いた

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