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第19話 マンチカンとシャム⑥
ケーゴのバンドは、技術の高いキーボードが牽引するメロディラインとパンクファッションのボーカルの女の子のハスキーな声が癖になる正統派ロックバンドだった
ステージ前に陣取ったファンとみられる若いコたちが、手すりから身を乗り出すようにして体を揺らしていた
アヤメだって21歳と若いが、こういうノリは一歩引いて冷めた目で見てしまう
それはアヤメが勉強とバイトばかりしていて遊びらしい遊びをほとんどしてこなかったせいかもしれない
ケーゴのバンドが終わった後も、バイトの時間までまだ余裕があったアヤメは、もう1杯コタローに付き合った
といってもコタローは自分からは話さない
アヤメはひたすらコタローの顔を眺めていた
美人でも3日で飽きるというが、コタローなら何日見ていても飽きないような気がした
きれい・かっこいい・タイプ、そういうのではなくて、人体の神秘というか、遺伝子の不思議というか、そういう科学的なところで惹かれているように思う
「コタロー兄ちゃん!」
演奏を終えたケーゴがフロアにやって来た
コタローが振り向いて片手を挙げた
「こんばんは。さっきは忙しくしててすみません」
ケーゴはコタローの隣に立つとアヤメに頭を下げた
「こちらこそ。急にチケットお願いしてごめんね。演奏めちゃくちゃかっこよかった」
「いえそんな」
ケーゴは照れて頭を掻いた
ケーゴは童顔なところがコタローとよく似ていた
「ところで兄ちゃんとはどういうお知り合いなんですか?」
社交的なところはコタローとは似ていないが、こういう場では助かる
「えーと…」
プッシールームのことを未成年に言っていいものか迷ってコタローを見た
「バイト」
コタローが答えた
「プッシールームですか?」
せっかくアヤメが気を使ったのに、ケーゴはずかずかと聞いてきた
「…そうです…」
「気になってたんですよね。兄ちゃんが珍しくクビにならないし」
その口ぶりからすると、コタローの仕事が長続きしないのはデフォルトだったらしい
「…ケーゴくんは、プッシールームがどんなところか知ってるの?」
ケーゴは首を傾けて
「はい。深夜営業の猫カフェですよね」
と純真無垢な顔で言った
※※※※※※※※※※
「猫カフェはない!」
アヤメはツボって笑いながら夜の新宿を歩いた
隣にはコタローがいた
ペルシャのタキの路線が事故で止まってしまい、復旧の見込みがないためコタローがピンチヒッターで入ることになったのだ
コタローは特に表情を変えるでもなく、アヤメの半歩後ろを歩いていた
「おはよーさん。コタ、悪いな」
出勤すると、マサトがコタローに声をかけた
コタローは首を横に振った
「タキの指名客には電話しといたけど、コタが入るって聞いてそれならそのまま行くっつーのがチラホラ。そこのタイプが被るとは、と新たな発見」
マサトが予約表を繰りながら言った
「タキさんも余計なことは喋りませんもんね」
「ミナミや九と違ってなー。てかアヤメも心配してたんだけど」
「何がスか?」
「タキの路線とお前んとこの路線、同じだよな?」
※※※※※※※※※※※※
空き時間にニュースアプリとにらめっこしたが、結局終電まで復旧の見込みが立たないということで、アヤメは途方にくれた
「やっぱタクシーもつかまらねーな。俺んち…は今日は滋がいるからなあ…」
滋というのはマサトの恋人だ
モデル業が忙しく、なかなか会えないのだと聞いたことがある
「店に泊まってくか?まだ営業あるけど」
ありがたい提案だった
アヤメが返事をしようとすると、コタローが袖を引っ張った
「おお、コタんちね!」
マサトが手を叩いた
「え、いいの?」
コタローがコクリとうなずいた
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