21 / 161

第21話 マンチカンとシャム⑧

To: イノウコタロー様 From: 佐々木真一郎 お世話になっております また数枚写真が出てきました ご参考になればと思い、お送りします 祖母は大変楽しみにしているようで、毎日「作品はまだか」と聞いてきます 私共家族も楽しみにしております 佐々木 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「これが仕事?」 コタローがうなずいた どうやらコタローの仕事は、依頼を受けて昔の建物や景色をVRアニメを制作することらしい 添付された写真を開くと、建物以外にセピア色の男性の写真があった 「(アバター)も作るの?」 コタローがうなずいてマウスを握った クリックすると、ストリートビューのように視点が動いた 引き戸の玄関を開けると奥まで続く土間があった 「昔の家ってこんななんだ」 土間を進むと台所があり、レトロなタイルの水道とプロパンガス式のガス台があった そして、台所に隣接してすりガラス窓がはまった風呂場がある 風呂場の下に鉄製の小さな扉がついていた 「これって釜で沸かすってこと?」 「薪式ボイラー」 「そんなのがあるんだ」 コタローがオブジェクトを選択した すると画面上に写真の男性が現れた 視点を動かすと、まさに男性が隣に立っているようだった 「すごい…」 思わず声が漏れた 「これは、いつ完成するんですか?」 「年内には…」 「納品は?」 「それも年内」 「そのあと仕事は?」 「2本」 「じゃあ、そのあと俺が依頼してもいいですか?」 コタローが大きな丸い目を見開いてアヤメを見た アヤメの父親はアヤメが8歳の時に事故で死んだ 仲のいい両親だった 父親が亡くなったとき、母親はまだ34歳だった アヤメを出産するまでは、有名企業で役員の秘書を務めていた才女だった 息子のアヤメから見ても美しかったし、47歳になったいまでもその華やかさは健在だ 女盛りの30代を息子を育てるためだけに生きてきた 辛いとき、悲しいとき、母親が父の仏壇の前で泣いているのをアヤメは何度となく目にした ※※※※※※※※※※※※ 「父さんと母さんがデートをしていた時の写真なんですけど…」 次の日アヤメは、スマホで撮影してきた写真をコタローに見せた 「仏壇に飾ってあって、お気に入りみたいだから…」 どこかのお祭りで、浴衣姿の父と母が寄り添って立っている写真だった 自撮りではないから、誰かに声をかけて撮ってもらったに違いない コタローはそれを自分のアドレスに送らせた 「場所まではわかんないんですけど…」 「新宿。花園神社」 「え?」 「熊手が写ってる。境内も見たことある」 花園神社なら出勤時に通りかかる 参拝したことがないから境内の中までは知らなかった 「毎年、11月にお祭りやってる…」 アヤメに話しかけているのか、独り言なのかわからなかった アヤメはスマホで酉の市のことを調べるコタローのまつげを眺めながら、 「一緒に行きます」 と言った ※※※※※※※※※※※※ 何年かぶりに出した浴衣は丈が短くなっていた 着付けに苦労していると、夜勤前で家にいた母親が、どこからともなく樟脳臭い古典柄の浴衣を出してきた それは、写真に写っていた父親の浴衣だった その浴衣を着て、アヤメはコタローと待ち合わせをしている新宿東口に向かった 電車に乗っている時には見かけなかったが、駅を降りると浴衣姿の人がちらほらいた 遠くからでもコタローの姿はすぐにわかった コタローは首から提げたカメラをいじりながら待っていた 明るいグリーンのナイロンジャケットと黒いテーパードパンツというカジュアルなスタイルがコタローの小柄で中性的な雰囲気によく合っていた コタローは浴衣姿のアヤメを見て、丸くて飛び出しそうな目をさらに大きく見開いた コタローが驚いたり感心したりするときの表情だ 「なんか母さんが出してきて…」 普段着のコタローと並ぶと、張り切りすぎた自分が急に恥ずかしくなった だがコタローは驚きを張り付けた表情のまま 「かっこいい」 と呟いた もう、コタローがどんな人間かわかっている いつものように、嘘も無駄もないまっすぐな言葉だ さっきまで抱いていた気恥ずかしさが一瞬で吹き飛んだ アヤメはコタローの手を引いて、 「行きましょう」 と歩き出した

ともだちにシェアしよう!