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第22話 マンチカンとシャム⑨

神社に近づくにつれて、熊手を持って歩く人々が増えてきた 会社帰りに来たとみられるスーツ姿のグループが、巨大な熊手を肩に担いで駅の方に歩いていった 「すごいな。あれ、いくらくらいするんだろう」 コタローに話しかけたつもりだが返事はなかった 横目でコタローを見ると、祭りの景色を食い入るように見ていた この大きな目は、コタローにとってカメラのファインダーのようなものなのかもしれない 狭い境内に熊手の露店が迷路を作るように立ち並んでいた 露店には、ところ狭しと大小の熊手が陳列されていて、大きいものは両手を広げても足りないほどで、小さいものはしゃもじくらいのサイズである 露店から売り子達の掛け声や手締めの音が聞こえ、活気に満ちていた 他の祭りと違うのは、カップルやファミリー層ではなくサラリーマン風の客が多いことだ コタロ―は境内に入ってからずっと胸の前でカメラを構えている ムービーも撮っているのだ 「ずっと東京に住んでるけど初めて来た。コタローさんは、実家どこなんですか?」 「経堂」 コタローはカメラから顔を上げずに答えた 経堂も行ったことがない 「俺は吉祥寺です」 だからなんだと言うのだろう 緊張すると、うまく喋れなくなるのがアヤメの癖だった いままで意識していなかったが、最近では薄々勘づいている (多分、俺はコタローさんのことを好きになってる) アヤメは自分がノンケなのかゲイなのか考えたことがない 高校からバイト三昧だったし、バイト先のひとに遊びに誘われても、勉強や別のバイトがあると断っていたから、特定のひとと恋愛するほど仲良くなったことがなかった プッシールームを始めたことにより、少ない時間で十分なお金が得られるのは、思わぬ副産物だった その時、たまたま仲良くなったのがコタローというだけなのかもしれない でも、そのたまたまが運命だとしたらどうだろう アヤメはこの流れに身を任せてみようと思った 突然コタローがアヤメの袖を引いて立ち止まった 「どうしたんですか?」 そこはじゃがバターの露店の前だった 「…食べますか?」 コタローがコクリとうなずいた 「味噌つけ放題ってすごくないですか?!」 その店は塩とバターだけでなく、オリジナルの味噌のトッピングがあった アヤメは、味噌とバターをたっぷり盛ったじゃがバターをカメラを構えていて手が離せないコタローの口に運んだ 最初のひと口、コタローは顔をしかめて湯気を逃がそうとハフハフした アヤメは次はフーフーと息を吹きかけてからあげた コタローは今度はハフハフしなかった その代わりに口に入れた瞬間にこりと微笑んだ そのあまりのかわいさに、アヤメはコタローに何かしてあげたくてたまらなくなった 「コタローさん!熊手買ってあげます!どれがいいですか?」 コタローが首を横に振った アヤメが『資料になるから』と言うと納得したのか、30分ほど真剣に熊手を見て回り、最後に「これ」と招き猫のモチーフがついた熊手を選んだ 「かわいいですね」 熊手をもらったコタローが嬉しそうに熊手を抱き抱えた その姿を見てアヤメの心臓がドクンと大きく波打った 「かわいい…」 アヤメはコタローのふわふわ揺れるアッシュグレーの髪を触った コタローが顔を上げると、アヤメが柔らかい眼差しでコタローを見ていた コタローはその時やっと、アヤメが熊手に対して言ったわけではないことに気づいた

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