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第31話 アメショとのら猫②
【Tout 】が他誌の1コーナーだった黎明期から人気を支える九は、トワにとって戦友であり、ライバルであり、憧れである
それがいつからか知らないが、こんな風俗店で働いているなど誰が思うだろうか
「こんな仕事やめろよ。九には必要ないだろ?」
後処理まで一挙手一投足美しい九に、トワが投げ掛けた
「えー?でも読モだけじゃ生活できないもん」
「九なら実績あるし、専属モデルだって狙えるじゃん」
九は髪を手櫛ですきながら、
「そういうことじゃないんだよねえ…」
とめんどくさそうに言った
「じゃあどういうこと?」
「俺、セックス苦手なの。触られるの嫌い」
「は?」
「原因もわかってるんだよね。言わないけど」
あと5分で1時間になる
遊郭ではないから線香もう1本というわけにはいかない
まだ聞きたいことがあったがうまく質問がまとまらなかった
外でも会える仲なのだからいつでも聞けるのだろうが、なんとなく聞くには流れがある気がした
九はシャツのボタンを上2つまで締め、ジレを着てすっかりプレイスタート時の格好に戻っていた
ついさっきまでトワの恋人として抱かれていた九が、また手が届かない存在になった
九は最後にジャケットに袖を通しながら、
「まあ、そんなんだからパートナーと長続きしなくて。でも性欲はあるから、ずっとオナニーで我慢してたんだけど…プッシールーム で人肌?じゃないな…人と交流?しながらオナニーできる快感知ったら止められなくなっちゃって」
と笑った
「…もしバレたらどうすんだよ」
「トゥイッターで謝罪でもしてモデル辞めるかなー。一緒に仕事してるモデル仲間 には悪いけど」
九があまりにあっけらかんと答えるのでトワは宇宙人を見ているようだった
「そういうトラウマ?みたいなのって、治せないのか?」
「知らない。そもそもあんまり治す気がない」
「でもこんなこと一生続けられるわけじゃないし、九だって好きなひととエッチしたいだろ?」
九は困惑した表情で
「ごめん、わかんないや」
と答えた
その言葉を最後にプレイ時間は終了した
※※※※※※※※※※※
トワがプッシールームを訪れて2週間が経った
九に会うのは怖かったが、撮影日は否応なくやってくる
「事前にお知らせしていた通り、テーマは【谷根千の春をめぐる旅】です。よろしくお願いします」
集まったモデルは6人
多かれ少なかれ顔を会わせたことのあるモデルばかりの見慣れた光景
だがその中に、普段【Tout 】の撮影では見かけない、でも知ってる顔を見つけてトワは慄然とした
ホストクラブでトワにプッシールームの話をした【Joli 】のモデルの男だった
トワが自分に気づいたことに男も気づき、手を振ってきた
トワはそれを無視してロケ車に乗り込んだ
しばらくして、メイクや着替えを済ませた者から順にロケ車を降りてきた
九はヴィンテージの着物姿だった
「かわいー」
スタッフやモデル仲間から歓声が上がった
九はその視線の中を堂々と歩き、指示された店の前に立った
トワが九の撮影を見ていると後ろから声が聞こえた
「やっぱり、女物似合いますね」
トワが横目で見ると、【Joli 】のモデルの男が立っていた
「やっぱりああいう風俗やってると色気が出るのかなあ」
トワが男をにらんだ
「何か用?」
男は下品なニヤニヤ笑いを隠しもせず、
「プッシールーム2号店、行ったんでしょ?お目当てのコはいましたか?」
トワが黙っていると、男がスマホの画面を見せてきた
そこにはプッシールームに入るトワの姿が写っていた
「これが何?」
さっきまで、ザワザワしていた頭が急に静かになった
「風俗通いするトワさんです」
「見ればわかる」
「これじゃ弱いかあ…」
男はまたスマホを弄った
「それじゃあこっちは?プロに頼んだから、結構投資したんだよね」
それはガラス越しに自慰行為をする九の動画だった
「セットならさすがにまずいでしょ?写真と動画の位置情報で同じ場所かどうかもわかっちゃうし」
プッシールームは撮影NGだ
ましてや盗撮など、見つかったら即通報され出禁になる
と表向きには書いてあるが、実際はもっと怖い目に合うかもしれない
そこを掻い潜って盗撮できる人物なのだから、よっぽど腕があるのだろう
トワはヤクザのお偉いさんの息子だが、そういう特殊なジャンルのプロとは関わったことがない
そういう意味では井の中の蛙、かごの中の鳥であり、世間知らずの子供であった
トワはすがるような思いで九を見た
その時、カメラから目をそらした九と目が合った
小道具の桜の枝が風で揺れた
その桜の枝の合間からトワを見つけた九が目を細めて笑った
まるで耽美主義の絵画のような風景だった
「トワ、入って!」
カメラマンの声で、絵画の世界から現実に引き戻されたトワはまさに引っ張られるように九の元に向かった
「大丈夫?」
「うん」
トワは体勢を整えて九に向かい合った
九はトワの背後を遠く眺めるような視線に変えた
「九。ごめんな」
「どうしたどうしたー?トワらしくもない」
傲慢で、わがままで、俺サマで
そんな自分が嫌になった
「九、後で話がある。撮影が終わったら根津神社で待ってる」
「うん?」
それっきり、撮影中に九と話すことはなかった
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