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第32話 アメショとのら猫③

夕焼けだんだんで、夕焼けを背景にした撮影を最後にロケは終了した いつの間にか九の姿は消えていた トワは急いで根津神社に向かった 「トーワさん」 根津神社に向かって足早に不忍通りを歩いていると、後ろから間延びした声が聞こえた 「さっきの話終わってないんですけど、どこに行くつもりですか?」 【Joli(ジョイ)】のモデルの男だった 「帰るだけだけど?」 「バラされてもいいってこと?」 「お前が何をしたいか知らないけど好きにしたら?」 早く根津神社に行きたかったが、九の待つ場所にこの男を連れていきたくない トワは立ち止まって「望みは?」と聞いた 男はニヤリと笑って、 「雑誌を降板してください」 と言った 「俺は【Tout(トゥ)】のモデルになれればいいんで。トワさんだけ辞めてくれれば画像も動画も破棄します。全部バラされて九さんと共倒れよりはいいでしょ?」 「どっちにしろ、俺は辞めなきゃならなくなるのね」 トワは、いつの間にか靴の裏にくっついていたガムを路面にこすりつけた 「トワさんは俺とキャラが被ってるので正直邪魔なんですよね。でも九さんは守れますよ。九さんと並んで写りたいし」 男のニヤけが増した トワに逆鱗があるなら、いま触れられたと思った トワは努めて冷静に声を落とした 「俺が降りても、お前が起用される保証はないだろ?」 「ありますって。今回撮影に呼ばれたのがその証拠です」 「だったら自力で勝ち取れよ」 力任せにグリグリと靴を動かしていると、ペタペタとした嫌な感触が消えていった 「うーん。そういう不確かなものには頼りたくないというか、勝つためには勝率あげたいと思うのは当然じゃないですか?」 トワは目線を足元から男に移した 路面に黒く変色したガムのカスがくっついていた 「考えとくわ」 ガムが取れたのでトワは男をその場に残して歩きだした 平日の夕暮れ時の根津神社は、人影まばらだった 撮影を終えた頃はきれいな夕焼け空だったのに、いまは暗くなりかけている 九は神橋の上にいた 今期人気のダウンジャケットに細身のパンツを合わせ、編み上げのブーツを履いていた 「トワからアフターに誘うなんて初めてじゃない?」 「アフター言うな」 トワが笑うと九も口を開けて笑った 「で、どうしたの?」 撮影用の独特な笑顔と違い、素朴で自然な笑顔を向けられ、トワはひるんだ これから話すことで九を傷つけたくない トワは話そうと思っていた言葉を飲み込んだ 「腹減ってない?」 「減った!」 二人は根津神社を出て飲食店がある通りに出た ※※※※※※※※※※※※ 次の日、トワは編集部に赴き、読モを引退することを告げた ※※※※※※※※※※※※※ それから3日後の朝、九は【Tout(トゥ)】編集部からの電話を受けて目を覚ました 「ふぁーい」 『九くん?!トゥイッター見た?!』 「なんすかあ」 『その調子じゃ見てないね?!大変なことになってる…てか詳しく話し聞きたいからすぐに来て!』 九は急かされるまま簡単に身支度を整えるとタクシーを捕まえた 九は運転手に行き先を告げ、後部座席に足を組んで座ると、早速スマホでエゴサした 【九】と打ち込むと、すぐに【九 プッシールーム】と検索上位ワードが出てきた その下に【九 オナニー動画】【九 トワ】【九 読モ】と続いた 昨日までは自分とプッシールームを結びつけるものはなかったはずだと思った 【九 プッシールーム】で検索するとすぐに動画のサムネが表示された いきなりモロではなく、タイトル画面だったが、見なくてもどんな動画かは自分でわかっている 盗撮されたことに気づかなかっただけだ 身バレについては、【九】という名前で働いていればいずれは起こることだ 読者だっていつ客として来るかわからない (そーいうことかあ…) その時が来た今も思ったより落ち着いていた 自分のオナニー動画が流れて恥ずかしいとか、流した人間に対する憤りもない ただ淡々と事実を受け入れるだけだ 自分の感情の起伏のなさがこんな時にも発揮されるのかと驚いた まるで他人事 それが自分に対してだけなのか、大事な人に降りかかった場合もそうなのか、九には計りかねたし、必要ないとすら思えた

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