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第40話 ロシアンブルーの正体⑥
「【エーイチ】さんってあなたのことでしたか」
ミナミの最後の予約客の顔を見て、マサトは不快感を露にした
「【エイチ】って言ったつもりだったんだけどな。てか、気がつかないもんかね?」
「長谷川さん、声変えるのうまいじゃないですか。前だって…」
思い出すだけで怒りが込み上げてきた
「前?ああ、彼女さんのこと?あれは本当に誤解だから…」
「わかってますよ」
他にもある
「これから自分の手元で飼う子 のオナニーをわざわざ見に来るなんて、その趣味の悪さはどこから来るんでしょうね?」
「もう二度と見られなくなるんだから見ておきたいと思うのが男心じゃない?コレは弾むからさ、通してよ」
長谷川が指で金を表すワッカを作った
悪びれもしない言いぐさに、マサトは歯を食い縛った
ミナミの最後の客が長谷川だなんて、悔しくて頭がどうにかなりそうだった
声で騙された自分にも腹が立った
別にミナミのことを好きだとか特別気に入っているとかではない
ただ、店で一番長く働いてくれたプレイヤーの最後の客くらいいい人であって欲しかった
「お前の考えくらいわかるよ。どうせ最後の客くらい、いい人がよかったな~って、そう思ってるんだろ?なんなら俺以外なら誰でもいいってね」
極論を言えばその通りだった
「まあ、お前が思ってるようないい人ではないかもしれないけど、俺は俺でいい人だと思うよ?」
長谷川は、勝手知ったる我が家のように、狭い通路を【スコティッシュフォールド】の部屋に向かって歩いていった
「ほんと、くっだらねーな…」
マサトは長谷川の背中をにらんで吐き捨てた
長谷川は確かにいい人だった
帰りに現金で30万
「スコティッシュフォールドに」と言ってポンと置いていった姿は確かにかっこよかった
だが、
金払いがいい人
ただそれだけだ
※※※※※※※※※※※※
送別会に参加した面々は、始発を過ぎると皆散り散りに帰っていった
マサトは居酒屋で寝てしまったミナミをタクシーに乗せて、自分のマンションに運んだ
小柄ではあるが、成人男性のミナミを引きずるようにして部屋に運ぶと、マサトは荒々しくソファに横たわらせた
帰り際に無理やり羽織らせたブルゾンを脱がして、シャツのボタンをはずしてやる
だがマサトがミナミにしてやったのはそこまでで、自分は上着も脱がずに、
「ミナミ、俺は行くけど誰を呼んでほしい?」
と聞いた
ミナミは昏倒するほどでもないが、うつらうつらした状態だ
「うーん」
「うん?」
「リ…ン…」
マサトは心の中でガッツポーズをして、リンに電話をかけた
※※※※※※※※※※※※
ミナミは薄掛けの毛布を引き上げて丸まった
気持ちよくて、いつまでも寝ていられそうだった
「あっ…?!」
ヨダレが垂れて目を開けた
目の前にあったのは知らない毛布と知らないクッションだった
クッションにはミナミのヨダレがシミを作っていた
「目、覚めました?」
聞き覚えのある声がすぐ近くで聞こえた
声のした方向に目を向けると、足元にリンが座っていた
「リン?ここ、お前んち?」
「マサトさんちです」
「あ…あ~?」
記憶の糸を辿るが、なぜ自分がマサトの家で寝ていて、マサトではなくリンがいるのかはわからなかった
「…なんでお前がいるの?マサトさんは?」
「マサトさんは彼女さんちに…」
時計を見ると、すでに午後4時だった
「俺、いつからいるんだ?」
ミナミは独り言のように呟くと、ソファの背もたれにかけてあったブルゾンを羽織った
「俺は帰るけどお前はどうすんの?」
リンは言いにくそうに視線を泳がせた後、
「実は…ミナミさんまだ起きないと思って、飯買ってきちゃったんですよね…二人分」
見ると、テーブルの上に弁当チェーン店の袋が置いてあった
「確かに腹減ったかも」
ミナミはソファに座り直した
※※※※※※※※※※※
チキン南蛮弁当と鳥団子の甘酢あん弁当
ミナミはどちらか選べずに、リンに半分ずつ分け合おうと提案した
リンは中央に置かれた弁当から、チキン南蛮を一切れ取って、
「ミナミさんにはお世話になったのに、送別会に顔を出せずにすみませんでした」
と言った
本当は、出せなかったのではなく出なかったが正しい
家は大久保だから、新宿なんて深夜だろうが歩いたって行ける
それでも行かなかったのは、あの日、ミナミに振り払われた手の感覚が残っているからだ
思い出しては傷つきまくって、さすがにもう気づいてしまっている
自分がミナミのことをどう思ってるかを
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