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第43話 手綱

ロシアンブルー(リン)は気持ちを伝える前にハートブレイクした ひどい1日だった マサトの家を出て駅に向かって歩いていると、向こうから歩いてくるマサトの姿が見えた 「あ」 「よう!リン!」 マサトはてっきり、うまくいったと思ってるのだろう 明るく晴れ晴れした顔で近づいてきた そんなマサトを見て、リンの目に涙が込み上げてきた 「え?!何があったの?!」 結局、またマサトの家にとんぼ返りすることになった ※※※※※※※※※※※※※ マサトは話を聞き終わると、リンをタクシーに乗せて家に帰した そしてそのまま長谷川のバーに出向いた 「マサト。初めてだな、お前がこっちに来るなんて」 長谷川はカウンターでグラスを拭いていた 店内にはシングルの客が2人、2人連れが3組、グループ客が1組いた 金曜の夜だ もう少ししたら、この手の店は客足が伸びるだろう マサトは混雑し始める前にケリをつけようと思った 「昨夜、ミナミはリンを取りましたよ。いま俺の部屋で二人で寝てます」 「ふーん」 長谷川は顔色ひとつ変えずにグラスを拭き続けた 長谷川の手によって磨かれたグラスは、まるでクリスタルのように光輝いて曇りひとつない それをひとつひとつ並べていく作業はまるで精密機械のようだ 「はせさん」 「俺は長谷川だよ」 「そうでした。間違えました」 マサトはジントニックをオーダーした 出来上がったジントニックの配合は完璧で、思わず唸った 「やっぱりあんためちゃくちゃだ」 「なんだよ急に。そんな話をしに来たのか?」 「何軒も風俗店経営してるくせに、毎日カウンター立って一流のバーテンダー並みの酒作って。義理の甥っ子の店使って人助けの真似ごとみたいなことしたかと思ったら、妬みむき出しで男寝とろうとするなんて」 「色恋の世界に身内の情が通用するかよ」 「まあ、今さら何言っても俺の総取りですけどね」 長谷川の手が止まった 「どういう意味だ」 長谷川の目付きが変わった 「…長谷川さん」 一緒にカウンターに入っていたスタッフの一人が、長谷川に裏で話すように促した 長谷川はカウンターから出てくると、マサトに顎で外に出るように示し自分は裏に回った マサトはオークのドアから出て、ビルの裏側に回った ビルとビルの狭間の、たくさんの店のゴミ箱が並ぶ、ミナミが長谷川と出会ったあの場所だ 「…ミナミがここを通らなかったら俺だってあなたに楯突こうなんて思わなかったです」 「どこまでがお前の仕業なんだ?」 「何でも屋の男に金渡して、バーからプッシールームにハシゴさせたとこからです」 長谷川は心底驚いた顔をした 長谷川がこんな顔をするのは何年ぶりだろう マサトの彼女()を騙してホテルに連れていったことをマサトが糾弾した時ですら、こんな感情剥き出しの表情にはならなかった それがまた悔しい だが、今回はまだマサトのターンだ 「リンとミナミが仲良くなるように仕組んだんだな」 「あなたがミナミを気に入ったから思い付いたことです。好みのタイプ変わりました?」 長谷川はより一層目を見開いた 「自覚なかったですか?」 自覚はなかった だが、自分では考えられないほどミナミにはまっていることは自覚していた 「…ミナミはリンと寝たのか?」 マサトの沈黙を長谷川はyesと受け取ったようだ 「血は繋がってなくても身内だなあ…」 長谷川は、薄汚(うすぎたな)さがこびりついた路面を見つめた 「リンはもうあなたのことを敵だと認定してますよ。店の方は大丈夫ですか?」 「お前が次の【ハセ】になるっての?」 マサトはまた答えない リンにはマサトは必要ないだろう それは育ててきた長谷川自身もわかっているはすだ 「どちらにしろ、あんたは経営からはずされると思いますよ」 「仕方ないよ。元々あいつの店だ」 長谷川は長いため息をついた 「じゃあ、これでお前の仕返しは果たせたんだな?」 マサトはニコリと笑った (予想外だったのは、ミナミの相手が長谷川(あんた)でもリンでもないってとこだけどな。ま、いい薬になるだろ) マサトは帰りに買ったコンビニの袋を振り回しながら自宅に戻った ※※※※※※※※※※※※※ 「は?」 「だから、前に店の前でホストとトラブってたアイナ、キャバ辞めるからカフェで働いてもらうけどいいですか?って話」 いよいよカフェのオープンの日が近づいてきて、採用したバイトの研修が進められていた 「や、お前が店長なんだから好きにしろよ」 長谷川は動揺してグラスを落としかけた それを横からミナミが支え、掴んだグラスをマジマジと見た 「わかりました。じゃあそうします」 ミナミは長谷川に代わってそのグラスを磨いた 長谷川はいてもたってもいられず、 「ごめん…その前なんだけど、何て言ったっけ?」 と聞いた ミナミはしばらく考えてから、 「アイナと付き合ってる?」 「それ!お前、リンとデキてたんじゃなかったのか?!」 「は?デキてないですよ。俺、男に興味ねーですもん」 「でも、俺が客で行った時だって、後ろ弄り倒して…」 「仕事ですからねー」 ミナミが事も無げに言った 長谷川はそのとき初めてマサトに謀られた、と思った この数日、生きた心地がしなかった ミナミはイキイキとした表情で仕事にきた その顔を見るたびに義甥(リン)の顔がチラついて、毎日敗北を突きつけられている気がした 「近いうちに一緒に住もうかって話もしてて。あいつ、ああ見えてすごい天然でかわいいんスよねー」 ミナミのノロけ話に、長谷川はがっくりと肩を落とした

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